街がハロウィンムードでにぎわう、10月の終わり頃。
望月乃愛流(もちづきのえる)は今日も仕事に行こうとしていた。
仕事場へ向かう満員電車の中、LINEを開いて彼氏の杉崎拓人(すぎさきたくと)にメッセージを送る。
(今日、仕事終わったあとに会える?)
送るとすぐに既読の文字がついて返信が来る。
(俺も会いたいと思ってた。大事な話がある。いつもの喫茶店で待ってて。)
(わかった。)
スタンプと一緒にそう返信して画面を消す。
大事な話とはなんだろうか。
彼と付き合い始めてもう2年経つ。
18歳の時に両親を交通事故で亡くしてから、大学進学を諦め大手企業に就職し、ひたすら仕事に打ち込んできた。
22歳なら仕事がおもしろくなってきて、もっと頑張りたいと思う人の方が多いかもしれないが、乃愛流は結婚して寿退社することも考え始めていた。
(結婚の話なら、嬉しいな。)
密かに期待をして口もとをほころばせながら、いつもよりも少し晴れやかな気分で出勤した。
午後5時。
「望月さん。」
今日の分の仕事を終わらせ帰ろうとした時、乃愛流は部長に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に異動命令が出された。」
「異動…ですか?」
乃愛流は眉をひそめる。
部署異動ならまだしも、地方への異動だとしたら厄介だ。
「ああ。私としては非常に惜しいのだが…長崎支社へ異動だ。」
乃愛流は呆然とする。
嫌な顔はしてはいけない。
どうにか笑顔を保とうとするが、顔がひきつる。
「長崎…ですか。」
部長は顔色一つ変えずに続ける。
「そうだ。神奈川支社にとって君はとても素晴らしい人材なのだが、なにしろ、上からの命令でね。」
上ということは、本社からということだ。
乃愛流は恐る恐る聞く。
「…いつから、長崎支社に赴任でしょうか。」
「年明けからだ。年末までは、ここで頑張ってくれたまえ。」
「わかりました。失礼します。」
軽くお辞儀をしてその場を去った。
会社を出て、待ち合わせ場所の喫茶店へ向かう。
その道中はずっと異動のことを考えていた。
もし、拓人の大事な話が本当に結婚のことなら、退職をすれば離れることはない。
しかし、そうじゃなかった場合は遠距離恋愛になってしまう。
喫茶店に入るとコーヒーを一杯頼んで、拓人が来るのを待った。
「ごめん。お待たせ。」
程なくして拓人が来て声をかけられる。
乃愛流は異動の件で悩んでいることを気取られないように、笑顔を作った。
「大丈夫。そんなに待ってないから。」
「そう?重ねて悪いんだけど、ここじゃ話しにくい内容の話をしたいから、外出てもらっていい?」
「いいよ。」
待っていた間もずっと考え事をしていたので、コーヒーには口をつけていなかった。
急いで飲んで会計を済ませ、拓人と外へ出た。
「話って何?」
拓人はひと気のない場所を探して歩いていたが、乃愛流は待ちきれなくなって、話の内容を聞いてみた。
「大事な話。」
「じゃあ、座らない?そこのベンチに。」
午後6時を過ぎたくらいで、あたりはだいぶ暗くなっていた。
普段は人通りの多い遊歩道も、今はひと気がなく静かだ。
海が近いせいか、波の音がよく聞こえる。
「いや、いいよ。すぐ済む。」
「大事な話なのに?」
「ああ。」
拓人は一呼吸おいて、口を開いた。
「俺と別れてくれないか。」
あまりに唐突なことで、すぐには言葉が出てこなかった。
「え…なんで?」
乃愛流は拓人の目を見て本心だと感じていながらも、冗談であってほしいと思った。
「俺たち、すれ違いが多くなってただろ?だから…。」
「じゃあ、これから直せば…。」
「無理だよ。」
拓人が乃愛流をまっすぐに見つめる。
彼の意思は変わらないと理解した。
乃愛流はもう何も言えなくなる。
「…それじゃあ。」
拓人は踵を返して去っていった。
乃愛流は予想もしていなかった展開にただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。