第3話

三杯目〜ホットココア two〜
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2020/09/04 07:12
「あゆみちゃん、飲み物、冷めちゃうよ?」

「うん、あ、いいの、わたし猫舌
だから」

「あは、まだなおってないんだ」

ご心配ありません。
わたしの魔法で、ホットココアは
あゆみさんが飲み干すまで
ぽかぽかです。
それに、わたしが入っていますし、
寒いですしね。妖精だって、
風邪は引くんです。

「わ…」

そう一言呟くと、突然あゆみさんは
立ち止まりました。
ウィンドウをじっと見つめて、
目をキラキラさせています。
その視線の先にあるのは、
大きな大きな、柔らかそうな
くまさんのぬいぐるみでした。

「入ってみる?」

「あ、う、うん!」

ガラスのドアを開けると、
可愛らしい音楽と、お花と果物の
香りがお出迎えしてくれました。


「いらっしゃいませー」

ピンク色のエプロンが似合う、
店員さんの愛らしい声が響きます。

「わぁ…わ、わぁぁ…!」

「あゆみちゃん、わあしか言って
ないし」

「だっ、だってぇ…」

むぅっとほっぺたを膨らませる
あゆみさん。でもわたしは知ってます、からかわれてちょっと嬉しい
気持ち、恥ずかしい気持ち、
色んな気持ちが混ざって、
今のあゆみさんの甘い甘い恋心を
作っているんです。

「あゆみちゃん、もう五時だよ。
イルミネーション、観に行くんじゃ
ないの?」

「えっ、もうそんな時間?
…うんわかった、行こっ」

名残惜しそうにくまさんを一瞥
して、おふたりはお店から出て行き
ました。12月の五時は暗くて寒いものです。
黒い空の色と反対の、お互いの
真っ白な吐息が形となって
はっきり見えるような寒さに
おふたりは心なしか足を急がせて
いるようです。

やがて、おふたりはぴたりと
足を止めました。

「「わぁぁ…」」

おふたりの目には、きらきらに
飾られた、大きなツリーが
映っていました。
ピンク、白、赤、緑、水色…
色んな色のクリスタルが、
街行く人の顔を明るく照らします。

「「綺麗…」」

おふたりはしばらく、言葉も忘れて
ツリーに見入っていました。
ふと、なおさんが、

「さっきのくまさん、可愛かったね」

と呟きました。

「うん…?」

「おれ、ちょっと飲み物買ってくるね。ここでまってて」

「う、うん…」

なおさんの姿は、すぐに人影に
隠れて見えなくなりました。
すぅっと、あゆみさんの心に
靄がかかりました。

“もしかして、つまんなかったかな…”

またまた、不安げな顔に戻って
しまいました。なんとかしなくては!
こんな時には、わたしの魔法です。
わたしは、カップの中のホットココアに、勇気の魔法をかけました。
あゆみさんが飲めば、なおさんに
対する想いが強いほど、強い勇気が
湧くはずです。

ぐらり。

カップが揺れ動きました。
ピンクのリップをひいた、艶々の
くちびるが近づきます。
わたしは素早くカップから
脱出しました。こくん。たしかに
あゆみさんは一口ココアを飲みました。とたんに、あゆみさんの心に
かかっていた靄がすぅっと、
晴れてゆきました。

“なんだか、頑張ろうって
思えてきたぞ…よしっ、なおくんが
帰ってきたら、ちゃんと言おう!”

しばらくして、なおさんが
帰ってきました。

「あゆみちゃーん!おまたせ」

「う、うん。あの、なおくん、
あのね」

「?」

「小さな時から、ずっと隣に
いてくれた、優しいなおくんが
大好きでした。その気持ちは、
今でも変わってないよ。
わたしをーーーー」

「彼女に、してください」

「!!!!」

なおさんは、大きく目を見開くと、
あゆみさんの顔に、さっきのくまさん
をもふもふっと突き出しました。

「ふぁ…っぷ!」

「おれも、あゆみちゃんが大好き」

「!!!!」

「はぁ、やっと言えた。
安心したら、喉乾いた、
一口ちょうだい」

なおさんは、あゆみさんの手から
カップをとると、こくりと
ココアを飲みました。

「あっ、それ、さっき、わたし
飲んだよ…?」

「ん、間接キス?そんなの、
小さな時やってたじゃん」

「でも…」

「でもおれ、間接キスより…」

そこから先は、わたしは見ていません。当然です、プライバシーですから。でも、おふたりの吐息が、
きこえなくなったということは…

きっときっと、甘いココアの味が
したことでしょう。

このツリーは、何人、幸せな
カップルたちを見てきたのでしょうね。

さて、わたしはお店に戻ります。
また、恋するお客様が現れたら、

また、覗きに来てくださいね。

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