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目を開けた先には、監獄の格子窓から注ぐ日の光に、壁にもたれかかりながら私を見るオウニの髪がきらっと輝く様子が見えた。
私が柔らかく答えると、オウニは顔を前に戻してから、「よく眠れたか」と聞いた。
私は身体を起こし、腰を伸ばす。
そう言って、寝ていた時に服に付いた湿った砂を片手で払った。
どちらかと言うと最終的にはチャクロ自身が決めてたけど。
オウニはどんな気持ちで、私が起きるのを待ってるんだろう。
そんなことは、私には到底分かりはしないんだろう。
彼の感情を読むのは、とても難しい。
だからこそ知りたいと思うんだ。
そのあと、すぐにマソオ兄さんが来て、私たちに朝ごはんを持ってきてくれた。
案の定、私が起きていたことに、監獄の格子にしがみついて嬉し泣きしてくれた。
やはりそのタケノコと野菜の炒め物は美味しかった。
オウニもタケノコが好きだから、いつもより早いペースでご飯を食べている。
私がそう聞くとすぐに、「別に」とだけ答えて、また食べだした。
そんなオウニに私はただただ微笑んでいた。
その日の夕方、普段なら聞こえないような賑やかな声たちが、窓の外から微かに聞こえてきた。
オウニが言うには、泥クジラの周辺に生息しているホシボシバッタたちが、何年かに一度、光を放ちながら大移動すると言う現象らしい。
そう言って窓を見上げると、紫色に染まった空に一等星が微かに光っているのが見えた。
早く外に出たいな。
こんな湿気ったところ、居心地悪いや。
どうせなら泥っぽいんじゃなくて砂っぽいところがいい……あれ?
独り言を脳内で言っていると、不思議な違和感に気づいた。
今までの私なら…ううん、オウニたちに会う前の私なら決して思わなかったこと。
あぐらをかき、腕を組んで目を瞑っていたオウニがゆっくりとこちらを向いた。
私は、オウニから目を逸らして伸ばしている足先を見た。
いいことなんだと思う。
だけど、いいのかな。
このまま、私が変わってしまうことが不安なんじゃないことは自分でも分かる。
私が怖いのは、変わってしまった後に『記憶』が邪魔をすることだということも。
この幸せが崩れることが怖いことも…。
だから、変わりたいと願うけれど、変わることに躊躇する。
また『私の家』に帰りたくないの。
驚いてオウニを見つめると、オウニは私をじっと見つめて言った。
薄暗くなった監獄では、彼の顔は暗くてぼんやりとして見えるけれど、まっすぐな言葉にとても安心した。
私がそう言うと、オウニは何も言わずに窓を見上げた。
オウニにつられて私も見ると、さっきより星の数が増えていた。
…ううん、違う。
星が動いてる。
小さな窓いっぱいに青い光が散らばって、きらきらと流れていく。
その数はだんだんと多くなっていき、星の河のように流れた。
外からは、微かな高めの声が響いてきて、歓声のようにも聞こえた。
みんなこの瞬間を楽しんでいるんだろう。
私が言うと、オウニは窓からこちらに目を移した。
さっきより明るくなった監獄に、オウニの顔がはっきり見えた。
その声は穏やかなもので、私の心にふわりと広がった。
こんな温かい日々を過ごすことを、幸せと言うのだろうか。
オウニたちと過ごせるこの時が、ただ楽しくて愛おしい。
みんながたまに規則を破って帰ってこなかった時も、私の心まで孤独じゃなかった。
孤独を怖いと思う気持ちは 前からだったけれど、今の孤独への恐怖は余計に強くなった。
失いたくないものがひとつ、またひとつと増えていく毎日。
ただ、もしこの先にある未来で、自分の全てを天秤に掛けたとして、何かを選ぶとしたならば、私はおそらくこの約束を願うかもしれない。
私は今日の約束を生涯忘れることはないだろう。
そう、たとえ未来に光が無くなったとしても。
違和感を感じたのは、突然だった。
飛行の夜が明けて、昼時に差し掛かった時。
手持ち無沙汰で、壁にもたれながらうとうとしていた私の胸に、詰まるような圧迫感を覚えて、目が覚めた。
グッと押さえられているような息苦しさを感じる。
オウニが異変に気付いて私に寄ってきてくれた。
不自然にドキドキして、明らかにおかしい。
その胸を押さえてみるが、痛みが治まる訳でも、強まる訳でもなく、何にも変化はない。
外傷的なものではないことは分かった。
私はオウニの言葉に甘えて、身体を起こしたが、痛みのせいで身体が思うように動かず、倒れこむようにオウニに身を預けた。
そんな私を、オウニは背中に手を回して支えてくれた。
そう言ってオウニの顔を見た。
そのとき、私は、なぜかオウニの首飾りに目が止まった。
オウニがいつも身につけている首飾りは、見慣れたはずのものだ。
だけど、今は無性に気になって、触れたい衝動が湧き上がってくる。
オウニの胸に右手を伸ばし、その首飾りに触れた。
オウニは私が何をしたいのか訳が分からなさそうにしている。
それを指先で撫ぜたり、いじってみるけれど。
ああ、何かが足りない。
そう思った。
何が足りないのかもわからないけれど、この期待外れで満たされない感覚は、明らかに現象の物足りなさを感じている。
オウニに尋ねられ、私は自分の胸に手を当てた。
カチャ…ッ
ドクンッ!
胸に手を当てた時、その手にひんやりとした私の首飾りの感触を理解した瞬間。
身体の奥から何かが跳ねた。
そして、私の目に…ううん、もっと奥の脳裏に何かが見える。
子供達と…、あれは何だろうか。
逆光で黒くてよく見えないが、大きな背丈の人が立っている。
子供達に向かって、ゆっくり近づいて。
何かを振り上げたその時。
キィィィィーーーーン…………
私の頭の中に断末魔が響いた。
それと同時に散った『それ』は無惨に飛び散って、地を染めて…。
オウニの声で、私は我に帰った。
まだ心臓がドクドクとはやく打っている。
あれは、何だったのだろうか。
でも我に帰った今も浮かぶ。
あの黒い人影と、勢いよく飛び散った鮮紅の『それ』。
実体のように鮮明な夢……ううん、記憶と言った方が良いのだろうか。
そのくらい現実味があった。
でも何が起こったのか分からない。
分かるのは、この記憶を感じた事実だけだ。
バンッッ!バンッバンッ!!
オウニが何かを言いかけた時、外から乾いた音が聞こえた。
しばらく私たちは何も動けず、窓から見える外を見ていた。
聞いたことのない音だった。
静寂の流れるこの状況に恐怖さえ感じて、私はオウニの腕にしがみつく。
そして、…数々の悲鳴が響いてきた。
オウニは立ち上がって監獄の格子のそばに行き、廊下を覗いた。
通りかかった人がいてくれれば、開けてもらえるかもしれない。
だけど、あの音や悲鳴からして、わざわざ監獄に誰かが来てくれるとも思えない。
希望は体内から外に出る人がいることにかかっている。
だが一向に誰も来る気配は無い。
オウニはかかんで、格子の間から外に手を伸ばした。
私もオウニのそばに寄った。
この扉が開いてくれさえすれば。
そんな思いで扉に手をつけた。
ピチッ…
扉がゆっくりと動いた。
うそ、どういうこと…。
私はその状態で、硬直した。
扉につけた私のその右手には、アウラが広がっていた。
どうして……ここは、監獄なのに。
私はとっさにその手を後ろに隠した。
オウニが先に外に出て、その後に私が続いた。
もう一度、てのひらを広げて見る。
その手に、もうアウラは無かった。
私はオウニのそばへ駆け寄った。
監獄から外へ向けて、私たちは階段を走りだした。
なぜ、アウラが現れたのか。
その理由は分からない。
しかしそれ以上に疑問なのは、何故あの場所でアウラが現れたのかということだ。
体内エリアでは情念動を発動することができない。
ただし体内エリアと言えども、そこに続くこの階段では、使うことができる。
私の家だった場所はその階段に近いところなので、使うことができた。
しかしその奥、詳しく言うと監獄のある周辺では情念動を使うことができない。
これは島の住人全員が知っていることだ。
なのに、何故あの場所、しかも監獄の中でアウラが現れたのか。
いや。
今は考えている時間はない。
あの轟音と、悲鳴。
明らかに外が異常な状況であるのは間違いない。
その証拠に階段を上がるにつれて、その轟音と、悲鳴が大きく聞こえてくる。
何が起こっているのか、まだ分からない。
この状況をどうにか飲み込まなくてはならないのだ。
私は焦っていた。
しかし、この上がっている階段の道のりが遠く、遠く感じられる。
まるで、出口が遠のくようだった。
…私がそれを望んでいるようにも思えた。
永遠にこの先を知らないままならば、どうだろう。
何も知らずに生きていけたなら。
でもそんな運命は…どうなのだろうか。
オウニは私の前を走っている。
その手を引いて、腕にしがみつき、脚を止めさせ、胴を抱いて、このまま行かせたくない。
私の直感がそう言っていた。
でも、それでもオウニは止まらないだろう。
私なんか置いて、外に行くかもしれない。
ああ、やっぱり…。
何も知らずに生きていけたなら楽だ。
でも何も知らずに死ぬのは、怖い。
だから、知りたいんだね。
私も、オウニも、何も知らない過去とまだ見ぬ未来に翻弄されて今を生きている。
知りたいならば、知りにいけばいい。
これが私とオウニの違い。
私は動けない。
オウニは動いている。
そんな私は、オウニに着いて行くことで、こんな自分を変えたいんだ。
オウニのために、仲間のために、尽くしたいんだ。
それでも変わらず、この不安が残っていた。
私には、胸騒ぎがしていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。