前の話
一覧へ
次の話

第21話

記憶
96
2019/09/10 22:53
あなた

ん…

オウニ
オウニ
あなた
あなた

…ぅん…オウニ…

オウニ
オウニ
やっと起きたな

目を開けた先には、監獄の格子窓から注ぐ日の光に、壁にもたれかかりながら私を見るオウニの髪がきらっと輝く様子が見えた。

あなた

おはよ…オウニ

私が柔らかく答えると、オウニは顔を前に戻してから、「よく眠れたか」と聞いた。
あなた

うん、寝心地は悪いけどね

私は身体を起こし、腰を伸ばす。
あなた

うーーーん…はぁ…。うん、やっぱり地下って感じだね

オウニ
オウニ
お前の部屋のことか?
あなた

うん。懐かしいや。匂いが地上とは全然違うし、空気が重いし、寒いしね


そう言って、寝ていた時に服に付いた湿った砂を片手で払った。


あなた

私、また寝てたのね

オウニ
オウニ
…まあな
あなた

…そういえばチャクロは?

オウニ
オウニ
さっき釈放された
あなた

あ…そうなんだ

オウニ
オウニ
無理矢理連れて行かれた、と誰かが証言したらしい
あなた

まあ、間違いではないよね


どちらかと言うと最終的にはチャクロ自身が決めてたけど。

あなた

私、また何日も寝てたの?

オウニ
オウニ
3日だ
あなた

……いつもごめんね

オウニ
オウニ
別に。もう慣れた
あなた

そっか…

オウニ
オウニ
そりゃ心配ではあるけどな
あなた

えっ?

オウニ
オウニ
……腹減ったか
あなた

あ、うん。お腹は減ってる

オウニ
オウニ
おっさんが来たらあなたの分の飯も頼まないとな
あなた

うん


オウニはどんな気持ちで、私が起きるのを待ってるんだろう。

そんなことは、私には到底分かりはしないんだろう。

彼の感情を読むのは、とても難しい。

だからこそ知りたいと思うんだ。







そのあと、すぐにマソオ兄さんが来て、私たちに朝ごはんを持ってきてくれた。

案の定、私が起きていたことに、監獄の格子にしがみついて嬉し泣きしてくれた。

マソオ
マソオ
今日はオオマサゴチクのタケノコがたくさん採れたんだ。あなた、腹いっぱい食べろよ!
あなた

ありがとう、マソオ兄さん!



やはりそのタケノコと野菜の炒め物は美味しかった。

オウニもタケノコが好きだから、いつもより早いペースでご飯を食べている。

あなた

美味しい?

私がそう聞くとすぐに、「別に」とだけ答えて、また食べだした。


そんなオウニに私はただただ微笑んでいた。










その日の夕方、普段なら聞こえないような賑やかな声たちが、窓の外から微かに聞こえてきた。

あなた

何かあったのかな

オウニ
オウニ
…飛煌だろう
あなた

飛煌…?


オウニが言うには、泥クジラの周辺に生息しているホシボシバッタたちが、何年かに一度、光を放ちながら大移動すると言う現象らしい。

あなた

あのバッタって光るんだ

オウニ
オウニ
今頃はみんな、場所取りで高台に登ってる
あなた

へー見たかったなぁ


そう言って窓を見上げると、紫色に染まった空に一等星が微かに光っているのが見えた。



早く外に出たいな。

こんな湿気ったところ、居心地悪いや。

どうせなら泥っぽいんじゃなくて砂っぽいところがいい……あれ?


独り言を脳内で言っていると、不思議な違和感に気づいた。

今までの私なら…ううん、オウニたちに会う前の私なら決して思わなかったこと。


あなた

オウニ…私って変わったかなぁ

オウニ
オウニ
…急にどうした

あぐらをかき、腕を組んで目を瞑っていたオウニがゆっくりとこちらを向いた。

あなた

んー…なんとなく、そんな感じがして


私は、オウニから目を逸らして伸ばしている足先を見た。

オウニ
オウニ
…そうだな
あなた

そっか…


いいことなんだと思う。

だけど、いいのかな。

このまま、私が変わってしまうことが不安なんじゃないことは自分でも分かる。

私が怖いのは、変わってしまった後に『記憶』が邪魔をすることだということも。

この幸せが崩れることが怖いことも…。

だから、変わりたいと願うけれど、変わることに躊躇する。

また『私の家』に帰りたくないの。


オウニ
オウニ
…変わらないこともある
あなた

え…


驚いてオウニを見つめると、オウニは私をじっと見つめて言った。

オウニ
オウニ
あなたが変わった部分はそれでいいだろ。変わらない部分は、ちゃんとある
あなた

…そうなの?

オウニ
オウニ
俺はそう思う

薄暗くなった監獄では、彼の顔は暗くてぼんやりとして見えるけれど、まっすぐな言葉にとても安心した。

あなた

オウニ、ありがとう


私がそう言うと、オウニは何も言わずに窓を見上げた。

オウニにつられて私も見ると、さっきより星の数が増えていた。

…ううん、違う。

星が動いてる。


小さな窓いっぱいに青い光が散らばって、きらきらと流れていく。

その数はだんだんと多くなっていき、星の河のように流れた。

あなた

あれが飛煌…きれい…


外からは、微かな高めの声が響いてきて、歓声のようにも聞こえた。

みんなこの瞬間を楽しんでいるんだろう。

あなた

外で見られなくて残念だったね


私が言うと、オウニは窓からこちらに目を移した。

さっきより明るくなった監獄に、オウニの顔がはっきり見えた。

オウニ
オウニ
いつか俺がみせてやる

その声は穏やかなもので、私の心にふわりと広がった。

あなた

うん!


こんな温かい日々を過ごすことを、幸せと言うのだろうか。

オウニたちと過ごせるこの時が、ただ楽しくて愛おしい。

みんながたまに規則を破って帰ってこなかった時も、私の心まで孤独じゃなかった。

孤独を怖いと思う気持ちは 前からだったけれど、今の孤独への恐怖は余計に強くなった。

失いたくないものがひとつ、またひとつと増えていく毎日。

ただ、もしこの先にある未来で、自分の全てを天秤に掛けたとして、何かを選ぶとしたならば、私はおそらくこの約束を願うかもしれない。

私は今日の約束を生涯忘れることはないだろう。

そう、たとえ未来に光が無くなったとしても。















違和感を感じたのは、突然だった。

飛行の夜が明けて、昼時に差し掛かった時。

手持ち無沙汰で、壁にもたれながらうとうとしていた私の胸に、詰まるような圧迫感を覚えて、目が覚めた。

あなた

ん…


グッと押さえられているような息苦しさを感じる。

オウニ
オウニ
どうした?
オウニが異変に気付いて私に寄ってきてくれた。
あなた

…ん、胸が…

オウニ
オウニ
…?

不自然にドキドキして、明らかにおかしい。

その胸を押さえてみるが、痛みが治まる訳でも、強まる訳でもなく、何にも変化はない。

外傷的なものではないことは分かった。

オウニ
オウニ
こっちにこい
あなた

…うん


私はオウニの言葉に甘えて、身体を起こしたが、痛みのせいで身体が思うように動かず、倒れこむようにオウニに身を預けた。

そんな私を、オウニは背中に手を回して支えてくれた。

オウニ
オウニ
大丈夫か?
あなた

…うん、でもなんなんだろ…


そう言ってオウニの顔を見た。

そのとき、私は、なぜかオウニの首飾りに目が止まった。

オウニがいつも身につけている首飾りは、見慣れたはずのものだ。

だけど、今は無性に気になって、触れたい衝動が湧き上がってくる。

あなた

オウニの胸に右手を伸ばし、その首飾りに触れた。
オウニ
オウニ
オウニは私が何をしたいのか訳が分からなさそうにしている。


それを指先で撫ぜたり、いじってみるけれど。

ああ、何かが足りない。

そう思った。


何が足りないのかもわからないけれど、この期待外れで満たされない感覚は、明らかに現象の物足りなさを感じている。
オウニ
オウニ
どうした?
あなた

…え…あ…ごめん

オウニ
オウニ
胸はどうだ?
オウニに尋ねられ、私は自分の胸に手を当てた。
あなた

うん、さっきよりは楽になったよ…っ


カチャ…ッ



ドクンッ!
あなた


胸に手を当てた時、その手にひんやりとした私の首飾りの感触を理解した瞬間。

身体の奥から何かが跳ねた。

そして、私の目に…ううん、もっと奥の脳裏に何かが見える。

子供達と…、あれは何だろうか。

逆光で黒くてよく見えないが、大きな背丈の人が立っている。

子供達に向かって、ゆっくり近づいて。

何かを振り上げたその時。

『声』
きゃあああああああぁぁぁーーー!!


キィィィィーーーーン…………


私の頭の中に断末魔が響いた。

それと同時に散った『それ』は無惨に飛び散って、地を染めて…。

オウニ
オウニ
…い…ぉい…あなた!
あなた

っ…!


オウニの声で、私は我に帰った。

あなた

あ…オウ、ニ…

オウニ
オウニ
大丈夫か?
あなた

ん…うん


まだ心臓がドクドクとはやく打っている。

オウニ
オウニ
何があった…?
あなた

え…

オウニ
オウニ
顔色が悪い。それに虚ろだった

あれは、何だったのだろうか。

あなた

……わからないの…何が起きたか


でも我に帰った今も浮かぶ。

あの黒い人影と、勢いよく飛び散った鮮紅の『それ』。

実体のように鮮明な夢……ううん、記憶と言った方が良いのだろうか。

そのくらい現実味があった。

でも何が起こったのか分からない。

分かるのは、この記憶を感じた事実だけだ。

オウニ
オウニ
あなた
あなた

…なに…?

オウニ
オウニ
おまえの…

バンッッ!バンッバンッ!!

オウニ
オウニ
あなた

オウニが何かを言いかけた時、外から乾いた音が聞こえた。
あなた

な、何今の…

オウニ
オウニ
……

しばらく私たちは何も動けず、窓から見える外を見ていた。

聞いたことのない音だった。

静寂の流れるこの状況に恐怖さえ感じて、私はオウニの腕にしがみつく。

そして、…数々の悲鳴が響いてきた。

オウニ
オウニ
…何かがおかしい
あなた

え…っ

オウニ
オウニ
外に出るぞ
あなた

で、でも…鍵は…


オウニは立ち上がって監獄の格子のそばに行き、廊下を覗いた。
オウニ
オウニ
誰か…

通りかかった人がいてくれれば、開けてもらえるかもしれない。

だけど、あの音や悲鳴からして、わざわざ監獄に誰かが来てくれるとも思えない。

希望は体内から外に出る人がいることにかかっている。

オウニ
オウニ
くそっ

だが一向に誰も来る気配は無い。

あなた

オウニ、扉の鍵に手は届かない?

オウニ
オウニ
鍵…

オウニはかかんで、格子の間から外に手を伸ばした。

私もオウニのそばに寄った。

オウニ
オウニ
…無理だ
あなた

そうだよね


この扉が開いてくれさえすれば。

そんな思いで扉に手をつけた。


ピチッ…

あなた

え…

扉がゆっくりと動いた。

うそ、どういうこと…。

私はその状態で、硬直した。



扉につけた私のその右手には、アウラが広がっていた。

どうして……ここは、監獄なのに。

私はとっさにその手を後ろに隠した。

あなた

オウニ、あ、開いてたよ…?

オウニ
オウニ
なに、…どういうことだ
あなた

マ、マソオ兄さんの閉め忘れかな…

オウニ
オウニ
…行くぞ
あなた

うん


オウニが先に外に出て、その後に私が続いた。



もう一度、てのひらを広げて見る。

その手に、もうアウラは無かった。

オウニ
オウニ
あなた
あなた

あ、ごめん

私はオウニのそばへ駆け寄った。
オウニ
オウニ
走れるか?
あなた

うん、もう大丈夫

オウニ
オウニ
あまり無理はするな…行くぞ


監獄から外へ向けて、私たちは階段を走りだした。



なぜ、アウラが現れたのか。

その理由は分からない。

しかしそれ以上に疑問なのは、何故あの場所でアウラが現れたのかということだ。

体内エリアでは情念動を発動することができない。

ただし体内エリアと言えども、そこに続くこの階段では、使うことができる。

私の家だった場所はその階段に近いところなので、使うことができた。

しかしその奥、詳しく言うと監獄のある周辺では情念動を使うことができない。

これは島の住人全員が知っていることだ。

なのに、何故あの場所、しかも監獄の中でアウラが現れたのか。







いや。

今は考えている時間はない。

あの轟音と、悲鳴。

明らかに外が異常な状況であるのは間違いない。

その証拠に階段を上がるにつれて、その轟音と、悲鳴が大きく聞こえてくる。

何が起こっているのか、まだ分からない。

この状況をどうにか飲み込まなくてはならないのだ。






私は焦っていた。

しかし、この上がっている階段の道のりが遠く、遠く感じられる。

まるで、出口が遠のくようだった。



…私がそれを望んでいるようにも思えた。

永遠にこの先を知らないままならば、どうだろう。

何も知らずに生きていけたなら。

でもそんな運命は…どうなのだろうか。










オウニは私の前を走っている。


その手を引いて、腕にしがみつき、脚を止めさせ、胴を抱いて、このまま行かせたくない。

私の直感がそう言っていた。



でも、それでもオウニは止まらないだろう。

私なんか置いて、外に行くかもしれない。






ああ、やっぱり…。

何も知らずに生きていけたなら楽だ。

でも何も知らずに死ぬのは、怖い。



だから、知りたいんだね。

私も、オウニも、何も知らない過去とまだ見ぬ未来に翻弄されて今を生きている。

知りたいならば、知りにいけばいい。

これが私とオウニの違い。

私は動けない。

オウニは動いている。






そんな私は、オウニに着いて行くことで、こんな自分を変えたいんだ。

オウニのために、仲間のために、尽くしたいんだ。












それでも変わらず、この不安が残っていた。



私には、胸騒ぎがしていた。

プリ小説オーディオドラマ