オウニside
なぜ、こうなった。
あなたが俺の胸に額をつけて、俺の手を握り返している。
それは、それで驚いた。
これは無意識なのか、それともあなたがしたのか…。
しかし、俺のことを敵視していたあなたがそんなことするはずがない…。
よって俺は、無意識で起こった事故だと考えることにした。
だが、問題はそこではない。
それ以上の問題で、俺は動けずにいる。
俺の左手は、彼女の手を握っている。
そして、俺の右手は、彼女の背中に回っている…。
なぜ、こうなった…。
明らかに俺があなたを引き寄せている。
明らかに俺が抱き着いているではないか。
ここで手を離せばいいのだが…離せられたらいいのだが、絶対起こしてしまう。
こんな恥ずかしいところを見せられるわけがない。
しかし、ずっとこのままというわけにもいかないのだが…。
…もう、どうにでもなれ。
俺はバッと起き上がり、手を離して、あなたが起きてしまったかも確認せず、部屋を走って出た。
そのまま基地の塀まで行って、座り込む。
なんなんだ、あの焦りは。
あんなにも、焦ったのは初めてだ。
こんなに自分の感情の存在を感じることは、今まで少なかったのに。
東の空に、瑠璃色と葵色を混ぜたような朝焼けが広がる。
しばらく、ここで頭を冷やそう。
そうしないと、こんな顔など見せられない。
俺は目を閉じて、風を感じる。
今日の朝の風は、冷たくていつもより心地よかった。
しばらく経った頃。
柔らかい声が響いて、俺は目を開けた。
ふわぁと声が聞こえて、伸びをする様子が、姿を見ていなくても想像できる。
俺がそう言うと、あなたは驚いた声を上げた。
そして、
……。
あなたが俺の左側に腰をかけた。
そう言って、俺の顔を覗き込むあなたは、何か面白がっていて、楽しげだ。
こいつ、確信犯だ。
寝顔だけか?
それとも俺が抱き着いていたことか?
どちらにしろ、見られたくないものだ。
そう言って、俺の左頰をつついた。
あなたは、その黒髪を揺らしながら、ふわりと笑う。
幸い、俺が抱き着いていたことは知らなかったようだ。
俺たちは沈黙した。
ただ風だけがそよそよと吹いている。
昨晩とは、随分な変わり様だとも思った。
だが、彼女に責任などないのだから、そんな声を出されても、俺が困ってしまう。
あなたは俺を見て、固まっている。
あまりにも長い間見られると、こちらも恥ずかしい。
朝日が眩しく光りだし、基地を照らす。
そういって、あの鉄製の飾りを触る。
この文字が異国の文字ならば、あなたはなぜそれを身にまとっているんだ?
体内エリアに住んでいる、というだけで珍しいのに、それに加えて、何らかの形で異国と繋がっていたのなら、それは俺にとって最大のチャンスかもしれない。
その代わり、とあなたが立ち上がって、朝焼けを見ながら言う。
俺の言葉に、あなたは一瞬だけこちらを見て、ニコリと笑った。
その黒髪がはらはらと揺れて、光を反射し、金色に光りだす。
肌に付いた砂が反射して起こる、泥クジラの人々のその輝きとは違い、あなた自身から光を放っているようだ。
近くにいるのに、ずっと遠くに存在する。
そんな感覚に陥る。
沈黙が心地いいと感じたのは、初めてだ。
初対面の人間に感じる、息苦しさが無い。
昔からの仲間といるような空気感だ。
言葉なんて、無くてもいい。
そう思えた。
あなたの笑顔は、美しい。
他の泥クジラの人間とは違って、感情を押し殺していない。
だから、表情も感情的だ。
もっと、知りたい。
あなたのことを知れば、この世界のことも知ることができる気がした。
また、あなたが柔らかく笑った。
この時、俺は知らなかった。
あなたが空を見ていた時の笑顔が、今朝自分を抱きしめていた俺と、今の俺とが異なり過ぎ、可笑しくて笑っていたなんて。
それを知るのは、また別の話。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。