オウニside
あなたに手を引っ張られながら、ひたすら島の階段を上っていく。
あなたは、場所をわかって走っているのか?
一生懸命、俺を引っ張って走っているはいいのだが、俺の方が歩幅が大きいので、俺は歩いているようなものだ。
そりゃ、俺を引っ張ってその上一人走っているのだから。
俺がそう言うと、
静かにそういった。
あぁなるほど。
あなたはマソオから逃げているのではなく、島の人間から、逃げているんだ。
だとしたら、一つ問題がある。
俺はあなたの手を思い切り引っ張った。
案の定、こちらに倒れるクレナの両手を掴んで、受け止める。
クレナが振り返った。
身長は俺の方が断然高いので、クレナは俺を上目遣いで見上げる。
すると、クレナの頬が赤くなっていった。
そう言って、顔をじっと見つめる。
なぜか赤いクレナを見ていると、朝日に照らされて青緑の瞳の奥が僅かに赤みがかっていることに気がついた。
疎い?
確か昨日、ニビが言ってた気がする。
何が罪だと言うのだろうか。
そもそも『疎い』の意味がわからない。
俺が、考えていると、
と言って、俺の手を離させた。
クレナは、再び階段を上がりだした。
そう。
さっき俺が言った問題とは、これのことだ。
クレナはピタリと止まった。
そして、
そう言って俺の方へ駆け下りて来る。
明らかに焦って、俺にすがりついて来る。
それ程まで焦るのは、やはり『外の人間』への恐怖心に見える。
そう言って、また俺の手を取って、下に向かって走りだした。
どうやら、気づかれていたらしい。
階段を上る時よりも、速度は上がっているので、俺も少し駆け足になる。
俺は走りだすと、前に行って、クレナを引っ張る形になった。
ひゃー!と子供のような声を出して、走るクレナ。
そんな彼女の声を聞いていたら、少し吹き出してしまいそうになる。
あなたが後ろから、俺の横まで来て、言う。
流石に、あの階段をあなたを引っ張ったまま行くのは疲れる。
いや。
それ以上に、この手をずっと繋げる自信がない。
ちょうど、階段を下り終わった時、あなたが俺の手をぎゅっと握った。
俺はあなたの方へ振り返る。
あなたがもう一度俺の手を握りなおした。
そう言って、笑いながら頬をかく。
要は、倒れた身体で無理に走り過ぎて、疲れたってことか?
そう言って、俯いてしまった。
俺は、別にあなたを困らせようと言ったわけではなかったのだが、彼女には突き放したように聞こえたのだろうか。
それは、違う。
俺は、笑って欲しかった。
あなたはそういう人だと思っていた。
なんでもヘラヘラしていると思っていた。
今だって、「ひどい」なんて言って、笑ってくれると思っていた。
でも、『思っていた』だけだった。
彼女は本当に、俺を頼ってきていたらしい。
なら、俺は「いやだ」なんて言っていては、だめだろう。
俺の言葉を遮って、あなたが笑顔で言った。
あなたは俺の手を、本当に静かに離し、その手を後ろで組んで、歩き出した。
いいの、と明らかに断られてしまった。
そのことに、俺は少なからず落胆する。
だが、自分が招いた結果で、どうしようもないので、俺はあなたの後を追うように歩き出した。
その後、基地の階段を上ったのだが、あなたはステップを踏むように上っていった。
先程の弱音が嘘の様だ。
俺がそう聞くと、彼女は、
と、こちらも見ることもせずに、答えるだけだった。
やがて、先を行くあなたが階段を上り終え、こちらから見えなくなった。
すると、10秒ほど経って、あなたが階段を上る途中の俺に向かって、走ってきた。
俺が聞くがあなたは答えず、俺の背中に回った。
俺の背中の服をぎゅっと握って、隠れてしまう。
俺から、思ったよりも優しい声が出た。
それでも、あなたは何も答えない。
ニビが階段の上から俺に問う。
その顔は、なんだか困っているように見えた。
『あいつ』は、あなたで間違いないだろう。
俺は振り返って、ニビに見せようとすると、あなたは俺に合わせて、また背中に隠れた。
ニビが困るのも無理はない。
いきなり逃げられたら、俺だって困る。
そして、あなたが逃げて来た理由もわかる。
おそらく、あなたは登った先に知らない人がいて、驚いてこっちに来たのだろう。
特に彼女の場合、外の人間に恐怖心を抱いている。
俺の時の様に、情念動を使わなかっただけでも、マシな方だ。
あなたの身体が小さく震えた。
俺の背中から、顔を少し出して、ニビの方を見ている。
キチャの大きな声で、今度こそあなたが跳ねた。
俺は小さな声で、あなたに語りかけた。
あなたは俯いて、肩を竦めた。
キチャが、走ってクレナと俺のもとに来る。
それからあなたが俺に隠れた。
そう言って、あなたに手を差し出す。
あなたはその手をじっと見つめて、固まっている。
あなたは首をかしげて、キチャを見る。
キチャの言葉に、あなたは顔を赤らめる。
二人の手が触れた瞬間。
キチャがあなたを引っ張って階段を上っていった。
一度、あなたが焦った顔でこっちを見たが、キチャに任せることにした。
これは、彼女が外の人間を怖がる理由は、俺を信じたから言ってくれたのだ。
だから、俺が彼女を裏切るようなことをするわけにはいかない。
あなたの秘密は、もはや俺の秘密にもなった。
あなたが自分でその秘密を明かすまでは、俺は仲間になにも言わないでおこう。
そう言ってニカッと笑うニビ。
いくぞ!と先を行くニビに、
小さな声で「ありがとう」と言った。
俺は、自分のことが分からない。
生まれも親も記憶も、何も知らない。
だから、怖い。
だから、焦る。
そういう部分でも、あなたとは、何かただならぬ縁を感じる。
あなたの外の人間に抱く恐怖、それは俺に置き換えると、
この世界のことも自分自身でさえも、何も知らずに分からないまま死ぬことだ。
ただ、自分のことを知るという私欲のために、あなたに近いたのではないと言っておきたい。
彼女には、複雑な感情を抱いてしまう。
その感情を、好意と言ってしまえばいいのかもしれないが、俺はなぜかそれを認めたくなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。