第13話

複雑な感情
142
2017/12/30 14:19
オウニside



あなたに手を引っ張られながら、ひたすら島の階段を上っていく。


あなたは、場所をわかって走っているのか?


一生懸命、俺を引っ張って走っているはいいのだが、俺の方が歩幅が大きいので、俺は歩いているようなものだ。
あなた
うぅ…きつい
そりゃ、俺を引っ張ってその上一人走っているのだから。
オウニ
オウニ
もう走らなくても、来てない
俺がそう言うと、
あなた
…なるべく遠くに行かないと
静かにそういった。



あぁなるほど。

あなたはマソオから逃げているのではなく、島の人間から、逃げているんだ。



だとしたら、一つ問題がある。



俺はあなたの手を思い切り引っ張った。

あなた
わっ…!
案の定、こちらに倒れるクレナの両手を掴んで、受け止める。
オウニ
オウニ
もう走るな。また倒れる。

クレナが振り返った。

身長は俺の方が断然高いので、クレナは俺を上目遣いで見上げる。

すると、クレナの頬が赤くなっていった。
オウニ
オウニ
熱か?
そう言って、顔をじっと見つめる。
あなた
ち、ちがう…
オウニ
オウニ
なぜか赤いクレナを見ていると、朝日に照らされて青緑の瞳の奥が僅かに赤みがかっていることに気がついた。
あなた
…オウニ、疎いって言われない?
疎い?

確か昨日、ニビが言ってた気がする。
オウニ
オウニ
言われる
あなた
やっぱり…罪だなぁ
何が罪だと言うのだろうか。
そもそも『疎い』の意味がわからない。


俺が、考えていると、

あなた
と、とにかく…あなたの基地に戻ろ!
と言って、俺の手を離させた。
オウニ
オウニ
ああ


クレナは、再び階段を上がりだした。



オウニ
オウニ
おい
あなた
なに?
オウニ
オウニ
そっちは基地じゃない
あなた
そうなの?!
オウニ
オウニ
あなた
あれっ?基地から階段下りたよね?
オウニ
オウニ
それはこの階段じゃない
あなた
…え?そうだっけ?
オウニ
オウニ
それに、お前は居住区に向かってる
そう。

さっき俺が言った問題とは、これのことだ。
あなた
…えっ
クレナはピタリと止まった。



そして、

あなた
ど、どこに行けばいい?!下に下りればいいの?!
そう言って俺の方へ駆け下りて来る。
オウニ
オウニ
あぁ…
あなた
下行って、どっちに行けばいいの?!
オウニ
オウニ
お、落ち着け…
あなた
早く答えて!
明らかに焦って、俺にすがりついて来る。

それ程まで焦るのは、やはり『外の人間』への恐怖心に見える。
オウニ
オウニ
焦らなくてもいい
あなた
…無理
そう言って、また俺の手を取って、下に向かって走りだした。
オウニ
オウニ
また走るのか
あなた
オウニ、歩いてたじゃん!
オウニ
オウニ
どうやら、気づかれていたらしい。
階段を上る時よりも、速度は上がっているので、俺も少し駆け足になる。
オウニ
オウニ
俺も走る
あなた
そうこなくっちゃ…って、うわぁ!
俺は走りだすと、前に行って、クレナを引っ張る形になった。
あなた
ははっ!これは楽だよ!
オウニ
オウニ
よかったな
ひゃー!と子供のような声を出して、走るクレナ。


そんな彼女の声を聞いていたら、少し吹き出してしまいそうになる。
あなた
ねぇ!そのまま基地まで連れて行って!
あなたが後ろから、俺の横まで来て、言う。
オウニ
オウニ
…いやだ
流石に、あの階段をあなたを引っ張ったまま行くのは疲れる。

いや。

それ以上に、この手をずっと繋げる自信がない。
あなた
お願い!
オウニ
オウニ
いやだ
あなた
ちょうど、階段を下り終わった時、あなたが俺の手をぎゅっと握った。
オウニ
オウニ
なんだ?
俺はあなたの方へ振り返る。
あなた
私の頼み方が悪い?…ほら。私、人と話したことがあんまりないから…
オウニ
オウニ
あなた
なんか…うまく言えないんだけど…身体がだるくってさ
あなたがもう一度俺の手を握りなおした。
あなた
だから、手、引っ張ってくれると…嬉しいかなぁ、なんて…ははっ…
そう言って、笑いながら頬をかく。


要は、倒れた身体で無理に走り過ぎて、疲れたってことか?
オウニ
オウニ
自業自得だ
あなた
え!まあ、そうだけど…そうだよね
そう言って、俯いてしまった。



俺は、別にあなたを困らせようと言ったわけではなかったのだが、彼女には突き放したように聞こえたのだろうか。


それは、違う。


俺は、笑って欲しかった。

あなたはそういう人だと思っていた。

なんでもヘラヘラしていると思っていた。



今だって、「ひどい」なんて言って、笑ってくれると思っていた。

でも、『思っていた』だけだった。

彼女は本当に、俺を頼ってきていたらしい。


なら、俺は「いやだ」なんて言っていては、だめだろう。


オウニ
オウニ
あなたやっぱり、俺が…
あなた
いいの!
俺の言葉を遮って、あなたが笑顔で言った。
あなた
いこっか?
オウニ
オウニ
ぇ…あぁ
あなたは俺の手を、本当に静かに離し、その手を後ろで組んで、歩き出した。





いいの、と明らかに断られてしまった。

そのことに、俺は少なからず落胆する。

だが、自分が招いた結果で、どうしようもないので、俺はあなたの後を追うように歩き出した。





その後、基地の階段を上ったのだが、あなたはステップを踏むように上っていった。

先程の弱音が嘘の様だ。

オウニ
オウニ
大丈夫か?
俺がそう聞くと、彼女は、
あなた
大丈夫、大丈夫
と、こちらも見ることもせずに、答えるだけだった。






やがて、先を行くあなたが階段を上り終え、こちらから見えなくなった。

すると、10秒ほど経って、あなたが階段を上る途中の俺に向かって、走ってきた。
オウニ
オウニ
どうした?
俺が聞くがあなたは答えず、俺の背中に回った。
オウニ
オウニ
どうしたんだ…?
あなた
…っ

俺の背中の服をぎゅっと握って、隠れてしまう。
オウニ
オウニ
おい?大丈夫か?
俺から、思ったよりも優しい声が出た。
あなた
……っ
それでも、あなたは何も答えない。
ニビ
ニビ
おーい!逃げるなよー!
オウニ
オウニ
ニビ
ニビ
あっオウニ!あいつは…って、そこか?
ニビが階段の上から俺に問う。

その顔は、なんだか困っているように見えた。

『あいつ』は、あなたで間違いないだろう。


オウニ
オウニ
ここにいる
あなた
…!
俺は振り返って、ニビに見せようとすると、あなたは俺に合わせて、また背中に隠れた。
ニビ
ニビ
…俺は何もしてねぇぞ?
オウニ
オウニ
…ああ

ニビが困るのも無理はない。

いきなり逃げられたら、俺だって困る。


そして、あなたが逃げて来た理由もわかる。

おそらく、あなたは登った先に知らない人がいて、驚いてこっちに来たのだろう。

特に彼女の場合、外の人間に恐怖心を抱いている。

俺の時の様に、情念動を使わなかっただけでも、マシな方だ。


ニビ
ニビ
えーと、あなただったか?
あなた
ビクッ
あなたの身体が小さく震えた。
ニビ
ニビ
俺はニビ!オウニの仲間だ!
あなた
……ニビ…
俺の背中から、顔を少し出して、ニビの方を見ている。
あなた
監獄の…?
ニビ
ニビ
ああ。昨日はありがとな!おかげで外に出て来れた
あなた
キチャ
キチャ
オウニー!
あなた
ビクッ!
キチャの大きな声で、今度こそあなたが跳ねた。
キチャ
キチャ
そ、そんな驚くことないじゃないか…
ニビ
ニビ
けっこう傷つくよなぁ
俺は小さな声で、あなたに語りかけた。
オウニ
オウニ
…安心しろ。俺の仲間だ。だから、怖がらなくてもいい
あなた
…わかってる、わかってるけど…

あなたは俯いて、肩を竦めた。
キチャ
キチャ
アタイ達が怖いの?
キチャが、走ってクレナと俺のもとに来る。
あなた
…!
それからあなたが俺に隠れた。
キチャ
キチャ
アタイはキチャ!よろしくな!
そう言って、あなたに手を差し出す。
あなた
……
あなたはその手をじっと見つめて、固まっている。
キチャ
キチャ
握手だよっ!仲間の証拠だ!
あなた
…なか、ま?
あなたは首をかしげて、キチャを見る。
キチャ
キチャ
そう!あなたは私たちを助けてくれた恩人だから。アタイ達の仲間だよ
あなた
……///
キチャの言葉に、あなたは顔を赤らめる。
キチャ
キチャ
ほらっ、手だして!
あなた
…ん
二人の手が触れた瞬間。
あなた
ひゃっ!
キチャ
キチャ
こっちだよー!
キチャがあなたを引っ張って階段を上っていった。
キチャ
キチャ
仲間、紹介するね!
一度、あなたが焦った顔でこっちを見たが、キチャに任せることにした。
ニビ
ニビ
相変わらず、キチャは健気だなぁ
オウニ
オウニ
ああ
ニビ
ニビ
あなたも、昨日俺と話した時とは全然違う。あんなに恥ずかしがりだったとは…
オウニ
オウニ
…あいつは
ニビ
ニビ
ん?
オウニ
オウニ
いや、なんでもない。
ニビ
ニビ
?そうか
これは、彼女が外の人間を怖がる理由は、俺を信じたから言ってくれたのだ。

だから、俺が彼女を裏切るようなことをするわけにはいかない。

あなたの秘密は、もはや俺の秘密にもなった。

あなたが自分でその秘密を明かすまでは、俺は仲間になにも言わないでおこう。

ニビ
ニビ
俺たちも行こうぜ
オウニ
オウニ
ニビ
ニビ
ニビ
なんだ?
オウニ
オウニ
…あなたが、俺たちの仲間になっても…いいか?
ニビ
ニビ
は?当たり前だろ?
そう言ってニカッと笑うニビ。
ニビ
ニビ
俺は恩があるからって仲間にする訳じゃねぇ。俺はあいつが気に入った。
オウニだってそうだろ?
オウニ
オウニ
…俺は、わからない
ニビ
ニビ
嘘つけ。昨日は俺たちを置いて、あなたを探しに行ったくせに
オウニ
オウニ
…それは
ニビ
ニビ
まあいいんだよ!
俺はあいつのこと気に入ったし!
いくぞ!と先を行くニビに、
小さな声で「ありがとう」と言った。





俺は、自分のことが分からない。

生まれも親も記憶も、何も知らない。

だから、怖い。

だから、焦る。



そういう部分でも、あなたとは、何かただならぬ縁を感じる。


あなたの外の人間に抱く恐怖、それは俺に置き換えると、
この世界のことも自分自身でさえも、何も知らずに分からないまま死ぬことだ。


ただ、自分のことを知るという私欲のために、あなたに近いたのではないと言っておきたい。



彼女には、複雑な感情を抱いてしまう。


その感情を、好意と言ってしまえばいいのかもしれないが、俺はなぜかそれを認めたくなかった。

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