第2話

日常
34
2017/12/03 02:34
雪が降っている。駅のホームに立つ人は皆厚手のコートを纏っていた

「今日は晴れるって言ってたのにな、天気予報」
空に映る曇天を、三谷宗介(みたにそうすけ)が少し悲しそうに見上げる
片目が隠れる程に伸びた藍色の前髪
その隙間から覗く髪と同じ色の藍色の瞳
見慣れてはいるがふと見ると悲しげにも見える表情のない横顔

私は昔から一緒にいるが宗介の「悲しい」顔を見たことがない
長く付き合っているから、分かってはいたことだけど
それでもやり切れない感情を拭えずに私は足元に視線を下げたまま「そうだね」と呟いた

昔から家が隣のこともあり、小さい頃からずっと二人で過ごしてきた
一緒にクリスマスシーズンを迎えるのももう何回目だろうか
私達は東京の大学に合格し、
保育園児だった二人は、気づけば成人も済んだ立派な大人と成長していた

高校の頃は宗介の方が背が高かった筈なのに、私はここ数年で急に背が伸びた
女なのに背が高いのは少し嫌だったはずなんだけれど……
宗介の「お前はお前だろ」というセリフでそんな思いなど消し飛んだ

そんな宗介は今も昔と変わらない「無表情」に儚げな雰囲気を纏っている
こういう所は出会った頃から変わらない
「そろそろ、来るな」
乗る予定の新幹線がホームに着くアナウンスが流れてすぐ、宗介はスーツケースをひいて歩きだした
新幹線のドアが早く開けと願っているように見えるのは、この寒さのせいだと自分に言い聞かせる
今日の宗介の全ての行動が、私の胸に響く
春。別れと旅立ちを迎える季節
宗介にとっては旅立ちの日であり、あなたにとっては来ないでほしいと、そう願うことも少なくはなかった日
「時々、こっちに顔だしてくれるよね?」
「行ってみねえと分かんねえだろ、まぁ、連絡はするよ」
別れの日でも普段と変わらない宗介に、こんなに気にしてる私がおかしいのかと思う程であるが、普段と変わらない彼に安心している自分もいる
(何も心配することなんてない)
そう自分に言い聞かせる

「じゃあ、気を付けてね」
「心配されるようなこと何もねぇよ」
ふと微笑む彼に、私もつられて微笑んだ

ねぇ、宗介は寂しくないの?
私達、これから離れた地で過ごすんだよ?
そんな事を聞いてもきっと「何言ってんだ、寂しくなれば電話すればいい。それでも足りなきゃ会いに来てやる」と、いつか言ってくれたセリフを紡ぐんだろう
少し、泣きそうだ



「宗介、あのね」
「間に合ったー!」
近くの売店に何やら飲み物を買いに行っていた凛が帰ってきた
「ほら、宗介!あっちで迷子になんじゃねーぞ?俺達助けてやれねーんだから」
「ならねえよ」
そんな二人のいつもどおりの会話を見て、少し気分も楽になった

「あなた、さっきなにか言おうとしたか?」
電話してね。連絡してね。風邪ひかないでね。お互い頑張ろうね。
本当に伝えたい言葉は、どうでもいい別れの言葉に消えていく
「何でもないよ?気にしないで!」
結局私は最後まで弱いままで、取り繕った笑顔を向けることしか出来なかった


「じゃあ、そろそろ行くな」
「……うん」


「あなた、俺が居なくても……」
宗介が何か言いかけたが、分厚いドアが閉まる音に遮られた
(居なくても、何?宗介は平気ってことを伝えたいの?)

「あなた、大丈夫か?」
「……大丈夫だよ?心配かけてごめんね、凛」

宗介の去ったホームは先程よりもくすんで見える
こんなので、この先どうすんだと自分自身に笑ってしまう

「俺がなんと言っても変わんねえだろうけど、宗介はお前のことが大切だと思ってるぜ、俺も驚く程にな!取り敢えず今日は、愚痴でも何でも俺が付き合ってやるよ」
別に、愚痴なんてないけれど、凛の持ち前の明るさに触れると気が楽になる

ここで残っていても寒いだけだし、と二人ホームから早々と去ることにした

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