「母さん、ありがとう。」
僕は仕事から帰ってきたばかりの母さんにクリスマスプレゼントのお礼を言った。
サンタクロースがいないことはもう知っている。
お金の余裕があまりないのに母さんがクリスマスプレゼントを買ってくれているのも知っている。
母さんは僕を女手一つで育ててきた。
父さんは僕が3歳の時に離婚して出ていった。
母さんは毎日パートを幾つも掛け持ちして、休む暇もない。
今日は母さんのために何かしよう。
けれど、小学校一年の僕にできることは限られている。
高価なアクセサリーを身につけたり、サロンに行って、自分を磨いてほしいけど、そんなお金はここにはない。
僕ができるのは皿洗いや肩揉みぐらいだ。
それでも、何もできない僕に母さんは“ありがとう、ありがとう”と言ってくれる。
大きくなったら必ず母さんに楽をさせることが僕の目標となっていた。
冬休みの宿題の進行状況やテレビの話をしながら夕食を終え、お風呂が沸くのを待っていた。
その時、チャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろうか?お隣さんかもしれない。まぁ、僕には関係ないだろう。
僕は着替えの準備を続けた。
ドンという何かを落としたような音が玄関から聞こえた。
「母さん、どうしたの?何かを落とした?」
手に持っていたパジャマを置き、玄関に向かった。
玄関には最悪な光景が待ち受けていた。
床に倒れている血だらけの母さんを見下ろすように包丁を持つ男が立っていた。
「か、母さん!」
声が掠れる。うまく出ない。助けを呼びたいのに呼べない。このままだと母さんは……。
「俺は加瀬ジュン。お前は?」
男が近づいてくる。
腰が抜けて逃げれない。
男は僕に包丁を降り下ろした。
包丁は僕に刺さらず、僕の顔の真横の壁に刺さった。
「お前の名前はなんだ?」
「じ、じゅん。」
殺されるかもしれない恐怖からなんとか声を絞り出した。
「俺と同じ名前なんだな。じゅん君、俺とお前が今日ここで出会ったのは運命だったんだ。俺はお前に母親の死をクリスマスプレゼントにあげた。お前は俺にその恐怖に歪む表情をくれた。」
男は僕の頬を愛おしそうに撫でる。
僕は理解できない、この男を。
「俺の思考を理解できないみたいだな。俺は理解してもらおうとなんざ思ってねぇよ。これだけは覚えておけ。俺とお前は運命の糸で繋がっているってことをな。」
男は僕から手を離し、玄関に向かった。
外に出る前に僕の方を振り返り、こう言った。
「メリークリスマス、じゅん。」
僕はあの表情を忘れない、いや忘れられない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!