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第1話

枯れた花
14
2017/12/13 12:46
「ねえ、笑花」
お母さんの声だ。聞きたくない。
「なに、早く済ませてよ。もう学校行きたいから」
中学校に入ってからだ。こんな口調になったのは。つい数年前まで「ママ大好き!」とか言っちゃってたんだけど、もうあの頃が懐かしい。
「もう11月も終わるでしょう?だから、クリスマスプレゼント、何がいいかなーって」
はあ、ここまで来てクリスマスプレゼントですか、まだ子供扱いするつもり?
「いらない」
それだけ言って、ドアを閉めた。
ああ、退屈だ。学校も、家も。
学校では愛想をたっぷり振りまいているけれど、告白なんて一度も無い。なんとなく友達を作ってなんとなく笑って、なんとなく笑わせる。
こんな生活、いつまでも続くんだろう。

「ねえ、えみぃ?」
あ、私呼ばれてるのか。私のあだ名、「えみぃ」だった。
「なぁにぃ、りのちん」
川崎梨乃の「りのちゃん」が訛って「りのちん」。
「クリパやろうよ!く、り、ぱ!」
二回も言わなくていいよ。
「えぇ、どこでぇ?」
わざと語尾を伸ばす。これも実は愛想のひとつ。
「えみぃの家に決まってんじゃん!えみぃの家、綺麗だし広いし!」
綺麗なのは片付けてるからだ。人の家なんだと思っているのか。
「うん、いいよぉ」
「じゃあ、決定ぃ!ダチいっぱい呼んでくるわー!」
はははは、笑いながら離れていく、りのちん。
はははは、と笑い返す、私。
ああ、ほんと退屈。
でも、帰る場所はあそこしかないからね。
今日もあの家に帰らなきゃ。部活を終わらせて、ちょっとだけ喋って、ばいばい。
ただいまは言わない。言いたくもない。
あーあ、早く独り立ちしたいな。

がちゃん、ドアを開けると冬の冷気も忘れそうな温風がむわっと顔にあたる。
「おかえり、もうそろそろご飯できるからね」
ただいまも言っていないのに勝手に話しかける愚かな母親よ。
もちろんシカトだよ。
ずかずかと階段を駆け上がった。
まず手にするのはスマートフォン。クリパのこと決めなきゃ。
慣れた手つきで操作する。
『こんどのクリパのこと決めよー!!』

日曜日。いよいよ、今日だ。
そう、例のクリパってやつ。
みんなの都合がなかなか合わないので、一部の友達には部活を休んでもらった。
部屋の掃除しなきゃ。
「笑花ー?なんか欲しいものある?これから買い出し行くんだけど」
なんだお母さんか、まあこんな時には親を利用するのも悪くないか。
「なんか適当にお菓子買ってきて」
「はいよ、ジュースも買っていこうか」
「うん」
「はいよ、すぐ帰って来るから!」
お母さんは少し軽い足取りで階段を降りていった。

お母さん、遅い。
何分待たせるの。
三時にはみんな来るのに、もう二時だよ。
出ていったのは一時過ぎ。
そんな時、階段をドタドタと駆け上がる音がした。
「笑花!病院行くぞ」
ノックもせずに入ってきたのはお父さんだった。
「え?私、別に身体悪くないよ?」
「違う!母さんが事故にあったんだよ!」
「ええ!?」
あーあ、どこまで鈍臭いのだか。
でも少し不安な予感がした。
そしてその予感は当たってしまった。
お父さんの飛ばす車の中で、私はスマホを片手に謝罪文を綴っていた。
『ごめん!お母さん、事故ったらしい!今日のクリパ中止させて!』
適当にスタンプを送ってカバーを閉じる。
すぐに着信音がなる。でも今は確認できる気がしない。
自分が思っているよりも遅く病院に着いた。
病院ってこんなに遠かったっけ。
お父さんが走る。私も走る。
なにがなんだかわからなかった。
気づいたら、お母さんは動かなくなっていた。
傷だらけの細い腕、真っ白な唇...
もうお母さんは帰ってこない。

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