そこは河川敷だった。
色んな人が通る道の下に川があり、その間に草が伸びきった坂がある。
河川敷で遊ぶ子供や走る人でやや騒がしかった。
「…はあ、はあ、はあ…はあ。」
彼にいきなり連れてこられたここは、まるでどこだか分かりやしない。
でもきっと何か意味があるのだろう。
そう思い、彼の言葉を待った。
「…ごめん急に。でもどうしても、君に伝えたいことがあるんだ。」
「…。」
息を飲んだ。
なんだろう、伝えたいことって。
「実はあのチケット、貰ったものじゃない。俺が予約して買ったものだ。」
「…え…?じゃああれは…。」
「…僕は…俺はずっと前から君を知っていた。君が思っている初めて会った日よりも前に。」
「え…?」
「俺は君と似たもの同士なんだと思う。だからこそあの小説のあのフレーズに惹かれたんだと思う。名前は教科書を見て知ったんだ。」
「「自分を変えられないところに弱さがある」」
「そう。…ここは前までの俺がよくいた場所。俺さ、不登校児だったんだ。人が嫌いだった。 でもどこかで自分を変えたいって思っていたんだと思う。そんなとき君に、あのフレーズに出会った。
前まで自分は何も取り柄のない居てもしょうがない人間なんだって思ってた。そんな自分が弱く感じてた。でもそんなのはただの言い訳に過ぎなかった。
弱いなら強くなればいい。そんな簡単なことではないけど変えようとしなければ何も変わらないことに気付かされたんだ。
見向きもしていなかった本当の自分を、知った気がしたんだ。」
「…うん。」
彼が空の方へと体を向ける。
「君は前に、自分には特にいい所はないと言ったよね。」
「うん。」
「それは間違っている。まだ出会ってそんなに経っていないから君のすべてを分かっているわけじゃないけど、一つだけ確かに分かる。」
「…え。な、なに…?」
「君は僕を救った。だから今の俺がある。その事実が君のいい所だ。
君は、君が思っているよりもずっと、俺にとってはかけがえのない大切な人なんだ。
だから自分にいい所がないなんて言わないでほしい。」
「…そ、そっそれはっ…その…。」
「…内山梨紗。俺は君が好きだ。俺のそばにいて欲しい。君が自分を見失ったら、俺が見つけてあげる。だからもし俺が自分を見失っても、君が見つけてほしい。そうやって君と、生きていきたい。」
耳を疑った。
でも彼の顔はいたって真剣だ。冗談で言っている訳では無いのが伝わってきた。
(私の方が先に好きになったと思っていた)
「…あの、聞きたいことがあるの。
あなたの名前を教えてください。」
「うん。俺の名前はう…」
強い風が吹いた。
枯れ果てた葉が彼の言葉を、姿を隠そうとする。
頑張って彼の手を掴もうとするが届かない。
暗闇が私を襲った。
と思ったら一瞬にして、眩しい光に包まれる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!