第5話

彼と
22
2017/12/18 11:24
しばらくすると、小さな家を見つけた。
彼も通ったことがなく、知らなかったようだ。

「もし大丈夫なら、今日はここに泊まろうかな?」

私はまた、大きく頷く。
やっぱりまだ、声が出そうにない。
扉の前に二人で近づいて、彼がノックする。
家の中では呪文を唱えている女の人の声。
呪文を唱えるのに夢中なのか、ノックの音にまるで反応しない。
彼はもっと大きくノックをした。
────ドンドンドン!
呪文の声が止まって、足音が近づく。
そして、扉が開く。

「なんか用~〜??」

出てきた女の人はだるそうに、眠そうにそう言った。欠伸をしている。
ただ…。
女の人の顔に視線をやった時、無意識に凍りつきそうになった。
怖くなって、彼の大きな背中に隠れる。
彼は、ん?と声を出して、不思議そうにしている。
知らなくて当然。わからなくて当然。
そう。彼女は私を捨てていった一人。
私の姉。
姉様もすぐに気づいてしまったみたいだった。

「ねえ、お兄さん??後ろの娘、ちょっと見せてえ~?」

強引にどけさせられた彼の後ろから、私が顔を出す。
ガクガクと震えてるはず。
彼は、不思議そうな目で私たちを見ている。

「やっぱりだ~♪」
「なにが、やっぱり、なんです?」

彼は直接話に加わってきた。
入ってきたら危ないよ。
姉様は何をするかわかんない…。

「この娘はぁ、私の妹なのぉぉ!!」

ケラケラ笑いながら姉様はそう言う。
きっとお酒を飲んでたんだろうな。
怪盗の彼の方に目を向けると、何かを考えるように指を顎に当てていた。
それから少ししてはっと、彼が閃いたように見えた。

「あなたがお姉さまなら、彼女の心臓に埋まってる宝石のことは知っているよね。君ならこの宝石を取り出せるんじゃないかい?」
「えぇ~。めんどくさっ。そーだ、お兄さんがやればいいじゃぁーん」
「僕にそんな魔力はないよ」
「えぇ〜でもぉ~!」
「でも?」
「宝石埋めたのあたしだしい」

────え?
姉様が、宝石を埋めた?
なんで…?

「どうして?」

先に彼が言葉にしてくれた。

「なんでって…。魔力がない可哀想な娘に生まれっちゃったから、要らない娘じゃん。だから、実験台にしようかと思ってぇ〜。
あとは魔力をちょっとでも持てるようにって、ね!」

実験台…。それで私の心臓に…。
心がきゅっとなる。
姉様には愛されていただろうと思っていた私が馬鹿だった。
姉様を信じていた私が馬鹿だった。
じわじわと色々な感情がこみ上げてくる。一つわかるのは全て負の感情であること。
目の周りが熱くなって、生暖かいなにかが零れそうになる。
それを腕で拭いながら私は駆け出した。姉様の家から飛び出した。
森を走っていく。
姉様が呼び止める声が聞こえるけれど、そんなもの気にしていられない。
暗くて静かな森に、私の足音がざっざっざっと響く。
もう、どっちに進んでいるのかさえわかんないや…。
それでも夢中で走る。
というより足が止まんない。
どこに向かっているのよ、私の足は。
分からないけど、どんどん進む。
気がつくと、自分の足音に何かの音が重なって聞こえ出した。
そしたらいきなり足にブレーキがかかって。
振り向くと、彼がいた。
焦ってたのかな、ズレていた仮面をすっと定位置に戻す。

「外に出なさそうなのに、足速いんだね。」

彼は息切れしながらそう言って笑った。怒らないの?
約束に背いて勝手に走り出した私を。
貴方から逃げたかもしれなかったんだよ?

「…ごめんね、あそこに泊まろうなんて言って。」

大丈夫です。
言おうとしたんだよ。
ほらね、やっぱり息が混ざるんだよ。
代わりに今度は頭を大きく振った。
でも、その後の会話をどう繋げたらいいかわからない。

「ホテル…探そうか。近くにあるかな…」

彼は頭をぽりぽりかきながらあたりをウロウロする。

「1晩じゃ、着きそうにないもんね」

そうですね。
なんで声でないんだろ。
まだ彼のことをどこかで怖がっているのかな…。
彼の方を見ると、頭に指を当ててるから、魔法でホテルを探してるのかな。
ジロジロ見ているのに気がついたのか、こっちを向いた。

「こうやってるとね、ホテルを探せるんだよ。うん、近くにありそう。こっち。」

そう言って彼は私の手を取ってよく分からないけど進み始めた。
きっと、森を抜けられる。

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