早く言いなさいよ、とばかりに神奈ちゃんが肘でつついてくる。
あさっての方向を見ながら、ないない~と手を振る。
が、
神奈ちゃんは口に手を当てて見通したようにニヤニヤ笑う。
「試合終了ー!!」
審判のその声と共に二つに分かれる会場の雰囲気。
相手チームは可哀想な程に、悔しがる一方で雪矢くんたちチームは皆集まってワイワイして喜びあっていた。
…そう。雪矢くんたちは相手に1点も得点を与えず完全試合を終えたのだ。野球してるときの真剣な表情、楽しそうな少年っぽいカオ、次々と頭の中で浮かべては、一人でキューンとするコドウを感じていた。
その時、「リンゴちゃんっ☆」後ろからいつもの声が聴こえて、振り向く。
雪矢くんがニカッと笑う。それはないよ~、とちょっと苦笑いするあたし。
幸せだなぁ…。そう感じてる間にも雪矢くんは、次々と話をする。
その話を聞きながらあたしはチラリ、横にいる雪矢くんを見つめる。
雪矢くんのこんな笑顔がもっとみたいなぁ…。
もっと側にいたいなぁ…。
なんだろ…。息苦しく感じる。
観客席のしたから野球部の一人が雪矢くんを呼ぶ。
そう言ってあたしは小さく手を振る。
雪矢くんが駆け出して、あたしは彼の背中をしばらく見つめていた。
小さくなって見えなくなる頃、くるりと振り返ってこう言った。
それだけ言うと、向こうに走っていった。
神奈ちゃんが指差す方向には、男子たちに囲まれて教室に入ってくる雪矢くん。二人とも、目があった途端にそらしあう。
ガラリ。
扉を開けながら先生が言う。
やば、と呟いて、神奈ちゃんが席につく。
ガラ。
ドアが開いて女の子が入ってくる。
キレーな子。
色白の肌に大人っぽさを漂わせる瞳。
そしてその頭から伸びる黒く艶やかでサラサラの髪。
そのコは、教室を見回すと少しフッと笑って、
と言った。
先生が席に案内して、ようやく今日の授業が始まる。
気のせいかそのコは、チラチラと雪矢くんを見ているみたいだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!