目が覚めると、朝だった。
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が眩しいのが、今日はやけに嫌気がさす。
目覚まし時計を見ると、5時半だった。
昨日はお風呂も入らずそのまま寝たから、いつもより起きるのが早かった。
シャー…
シャワーを浴びながら視界に入る体。
相変わらず小さい胸。
どうやったら大きくなるかな…。
ダメだ。
そんなことばかり考えてたらダメ。
胸の大きさなんて、どうでもいいんだ。
もっと大切なことがあるから…
シャワーだけ浴びて、お風呂を上がった。
リビングに行くと、お母さんもお姉ちゃんも朝ごはんを食べていた。
私は、目玉焼きを乗せたトーストを牛乳で流し込むようにして食べて、急いで準備をして、いつもより早く家を出た。
家にいるのが嫌だった。
お母さんとお姉ちゃんと顔を合わせるのが嫌だった。
ブー。
LINEの通知音。
見てみると、それは幼なじみからだった。
私は、辺りを見回した。
だけど、それらしい人影は見つからない。
私が首を傾げていると…
突然目隠しされて、視界が暗くなった。
その手を外してみると、やっぱり椋太だった。
そして、二人で並んで歩いて駅に向かった。
もちろん、緊張なんてしない。
恋人じゃないもん。
椋太とは家が近くて、幼い頃からずっと一緒にいた幼なじみだ。
いつもふざけ合ってバカにし合う腐れ縁の仲。
いわゆる、友達以上恋人未満、ってやつかな。
いつも、私も椋太も家を出るのが遅い。
でも今日に限って二人とも早くて、しかもちょうど会うなんて、おかしい。
椋太は、いたずらっぽく笑った。
思わず正直な気持ちが口走ってしまった。
傷ついているらしい椋太を横目に、私は早歩きで駅に歩いた。
***
駅に着いて、出発する寸前の電車に急いで乗り込んだ。
通勤ラッシュで、電車の中は満員だった。
座る場所は当然なくて、四方八方から押されて、息が詰まりそうだった。
そんな中、不自然に体に何かが当たっているような感覚を覚えた。
こんなに人もいるし、気のせいだろうと思って気にしないようにしていたけど。
やっぱり変だ。
チラッと後ろを見ると、スーツを来た中年男性がいた。
目線は、下を向いていた。
やけに汗をかいているような…。
前に向き直り、早く目的地に着くのを祈って、つり革をギュッと握りしめた。
だけど。
その男性の手は、確実に私のお尻を触った。
最初は恐る恐る触れる感じだったけど、だんだん触る力は強くなった。
その手は、太ももに行き、スカートの中に侵入する直前だった。
痴漢だと自覚して、気づいた時にはもう声が出なくて、体が動かなかった。
急に怖くなって、頭が真っ白になった。
そのとき。
椋太が私と男性の間にサッと割り込んで、男性の手は私から離された。
途端に安心して、フラフラと倒れそうになった。
満員電車だったから倒れはしなかったけど、なんだかすごく疲れていた。
やっと電車が駅に着いて、私は誰より早く電車を出た。
息苦しかったのが、だんだん楽になる。
椋太はふふっと笑った。
いつもだったら怒るところだけど、今日は助けてもらったし、椋太の笑顔を見るとなんだか安心した。
椋太の優しさを、改めて身に染みて感じた
さっきまでの緊張感は嘘のように、自然に笑えた。
でもこれからは、満員電車が怖くなりそうだ。
そんなこと言われても…。
駅員さんに突きつけるか…警察に通報か…椋太は何やらぶつぶつ言っていた。
椋太は、心配そうな顔をしてこちらを見てきた。
だから私は目をそらした。
椋太は納得いかない様子だったけど、「麗奈がそう言うなら、そうしよう」と言って、それ以上さっきのことについては話さなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。