第2話

はじまり
238
2018/01/07 13:41
夏休み。

今ごろ世のリア充たちは、海だの山だのとりあえずどこかに出かけて、愛を深めているのだろう。

なのに、私は…。

「なんで学校にいるのぉ!?」

「お前の数学の点数が、平均点をはるかに下回っているからだ。」

数学教師の石田に頭を軽くはたかれる。

「先生、私はちゃんと頑張ったんです。でも…。」

「問題と相性が合わなかったとか言うんだろ。」

石田が呆れ顔で言う。

「先に言わないでくださいよぉ…。」

「いいから、早くやれ。あと一問だろ。」

「できました。」

プリントを石田に突き出す。
石田は鋭い目線で解答を確認していく。

「…間違ってるな。」

「え。もう帰りたいです。」

「ああ、俺も帰りたいから許してやるけどな、日本史と同じくらい数学も頑張ってくれ。」

「はぁい。ありがとうございましたぁ。」

やる気のない返事をして、教室を出た。
東雲椿(しののめつばき)。17歳、高校2年生。
青春真っ只中だというのに、浮いた話は全くない。
それどころか、彼氏いない歴=年齢。
男友達は多いのに、彼氏ができないということは、私は女として見られていないのでしょうか。
…悲しくなってくる。

昇降口でローファーに履き替えて、校舎を出ると、見慣れた姿があった。

「…晴貴(はるき)、どしたの。」

声をかけたら、私に気づいて柔らかい笑顔を見せた。

「お前のこと待ってたの。」

「いつから待ってたの?」

「20分くらい前。」

「先に帰ればよかったのに。」

私が歩き出すと、晴貴もついてきた。

安倍晴貴(あべはるき)。17歳、高校2年生。
私の幼馴染だ。
家も隣同士で、こうしてよく一緒に帰っている。

「今日は部活?」

「おう。」

「こんな暑い中、大変じゃない?」

「大変だけど、仕方ない。」

会話が途切れて、蝉の鳴き声だけが響き渡る。

「…あのさ。」

「何?」

「明日、じいちゃんから家に来いって言われてるんだ。椿も連れてこいって。」

「…あんたのおじいちゃん、私のこと好きだよね。」

「そうなんだよなぁ。」

「いいよ。行く。どうせ、たいして予定もないし。」

「悪いな。」

陽炎が立ち昇る道を2人で並んで歩いていく。
これが物語の始まりだった。
翌日。

電車に乗って晴貴の祖父母の家へ向かった。
晴貴は先に向かったらしい。
駅から歩いていると、武家屋敷を思わせる、大きな古い家が見えてきた。

晴貴の家は名家らしい。
古くから続いていて、もとは貴族だったとか。

大きな門の前に立つ。

「何度見てもすごいわ…。」

偉大な雰囲気を感じて圧倒されていると、晴貴が出迎えてくれた。

「早かったな。」

「晴貴の家行ったのに、もう出たっておばさんに言われたから、急いで来たの。」

「ごめん。じいちゃんから早く来いって、今朝電話があって。」

晴貴が歩き出し、私は晴貴についていった。

「なんかあったの?」

「蔵の整理しろって。」

気づけば、蔵に来ていた。
家や門と同じく、やはり大きい。

「私も手伝わされ…。」

「ごめん。」

隣にいた晴貴の顔を見ると、すごく申し訳なさそうな表情をしていた。
私はため息をついた後、夏のむわんとした空気を思いっきり吸いこむ。

「やってやろうじゃない。」

そう言った私を見て、晴貴はきょとんとしていたが、すぐに笑顔になった。

「ありがとう。」

「蔵の整理って、なんか必要なものでもあるの?」

「あー、着物とかは出して虫干しするとか。」

「おっけい。」

蔵の中は外より暑いものだと思っていたが、そうでもなかった。
暑いのは変わらないが、窓を開けると涼しい風が入ってくる。

「…物が多いよ。」

壁一面にある棚にはたくさんの壺やら木箱やらが置かれている上に、棚に入りきらなかったのか、床にまで物が置かれ高く積み上げられている。

「とりあえず、箱は中身を確認して外に出して。」

「わかった。」

埃をかぶりながら、作業を進めていく。
汗が額を伝って流れ落ちていく。
積み上げられていたものを1つずつ手に取っていくと、ある木箱に目を惹かれた。
桐箱に丁寧で繊細な椿の花の彫刻が施されているものだった。

「きれい…。」

蓋を開けると、中には丸い鏡が入っていた。
手に取って裏面を見る。

「…四神だ。」

歴史が好きな私はすぐにわかった。
青龍、朱雀、白虎、玄武の姿が彫刻されていた。
すごく惹かれたが、これは安倍家のもの。
あとでもらえるか聞いてみようと思いながら、箱にしまおうと表の鏡の面をこちらに向けた時、鏡が眩しいくらいに光った。

「っ…!」

思わず目を瞑る。
鏡は光を発しつづけ、私は光に呑み込まれていく。

「椿!?」

異変に気づいた晴貴が私に手を伸ばす。
でも、その手が私に触れることはなかった。
晴貴の手は空をつかむ。
光が徐々に消えていく。

「…椿?」

光が完全に消えた時、そこに椿の姿はなかった。

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