第3話

タイムスリップ
208
2017/12/28 16:43
「ん…。」

目を覚ますと、そこは建物の中だった。
床がひんやりと冷たい。
見ると今時の家のフローリングじゃなくて、ちゃんとした木の床だ。
周りを見渡す。
梁や柱が見られ、御簾が下りている。

「…倒れて、家の中に運ばれたのかな。」

それにしても、床の上に放置はひどすぎる。
何かがおかしい。
そう思った時、御簾を押しのけて1人の男性が入ってきた。
束帯姿で烏帽子をかぶっているその人は、私を見つめて眉をひそめていた。

「何者だ、お前は。」

「何者って…逆にあなたが何者ですか。そんな格好をして…。」

「そんな格好?これは正装だが。」

「正装?」

どういうことだろうか。
束帯が正装というのは、平安時代や鎌倉時代など昔の話のはずだ。
私は男性の奥の御簾を見つめ、隙をついて御簾の外へ出る。

「っ…!待て!」

男性が慌てた声を出す。
しかし、その声は私には届かなかった。
廊下と思われる場所で唖然として、立ち尽くす。
今までいた、殺風景な晴貴の祖父母の家の庭ではない。
桜が咲き誇り、清らかな池の水音が響く美しい庭だった。

「ここ、どこ…?」

束帯姿の男性、御簾のある部屋、整えられた庭。
まさか、私は…。
そう考え込んでいた時、首すじに冷たいものが触れた。
刀を突きつけられていたのだ。

「動くな。」

先ほどの男性の声ではなかった。

「やめろ。刀を下ろせ、騰蛇(とうだ)。」

今度はあの男性の声だった。
私の首すじから刀が離れる。
振り返ると、束帯姿の男性と派手な色の束帯を個性的に着こなした男性が立っていた。
束帯姿の男性が口を開く。

「もう一度聞く。お前は何者だ?如何によっては、お前を殺さねばならない。」

結構、というかかなり怪しまれている。
自分自身ですら確信していないことを言って信じてもらえるかはわからないが、言うしかない。

「…東雲椿、17歳。未来から来た。」

そう言った瞬間、束帯姿の男性は怪訝な顔をする。

「未来から?どういうことだ。」

「わからない。気づいたら、ここにいたの。」

「そんな話、信じられるか。どこかの貴族の間者じゃねぇのか?」

派手な束帯の男性がそう言うと、もう1人の男性が軽く手を挙げて制止する。

「…わかった。信じよう。」

「信じてくれるの?」

「ああ。」

「おい、晴明。」

晴明。
派手な束帯の男性がもう1人の男性をそう呼んだ。
私はその名前にピンと来た。

「晴明って…まさか、安倍晴明?」

「いかにも。」

私はようやく確信した。
安倍晴明は平安時代の人物。
私は千年もの時を超えてきたのだ。

「大丈夫か?少し顔色が悪い。」

晴明が心配そうな顔をする。
私は晴明に全て話してみることにした。

「晴明。」

「なんだ?」

「私、千年先から来た。」

「千年!?」

「はぁ!?」

晴明はおろか、隣にいた派手な束帯の男性も驚きの表情を見せる。
2人は顔を見合わせた。

「占術、やってみるか。」

「結果が出るかは、わかんねえけどな。」

「占術?」

晴明が私を見る。

「占いだ。お前の時代には、なかったか?」

「いや、あったよ。」

「ならば、説明はいらないな。ついてこい。」

晴明が歩き出し、派手な束帯の男性もついていく。
私もそのあとをついていった。

「そういえば、この派手な方は?」

「騰蛇だ。」

晴明が答える。
また聞いたことのある名前。
確か…。

「…十二天将。」

そう呟いた時、騰蛇が私の方へ振り返った。

「お前、よく知ってるな。」

「歴史好きなので。」

「椿、お前はここで待っていろ。」

晴明はある部屋の前で止まった。
御簾が下りていて、中を見ることは難しい。

「わかった。」

私がそう言うと、晴明と騰蛇は御簾の中へと入っていった。
廊下の縁に座って庭を眺めていると、程なくして不服そうな顔をした晴明が部屋の中から出てきた。

「だめだ。何もわからないな。」

「…できる限りなら、話せる。どうやってここに来たかとか。」

「その話、聞かせてもらいたい。」

晴明が私の隣に座る。
私はここに来るまでのことを全て話した。
鏡を見たこと、そのあと光に包まれ気を失ったこと、気づけばここにいたこと。
話を聞いた晴明は、腕を組んで考えこんだ。

「鏡か…。それが関係してそうだな。」

「うん。きっとそうだと思う。」

「…その鏡、探してみるか。」

「でも、この時代のものかどうかはわからないよ?」

「いや、この時代に来たということは、この時代のものであるということだと思う。他の家の者にもその鏡を見たことがないか、聞いてみよう。」

「ありがとう。」

「それと、しばらくはここにいるといい。」

「え?」

晴明に言われて気がついた。
ここに私の家はない。
しかも、もとの時代に戻るすべもない。

「すぐに戻れるわけではないだろう?」

「そうでした…。お世話になります。」

こうして私は安倍晴明の家に居候することになった。

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