第4話

十二天将
221
2018/01/07 14:52
居候が決まると、晴明が屋敷の中を案内してくれた。
ある部屋の前で足を止める。
私が倒れていた部屋だった。

「お前はこの部屋を使え。一通り生活に必要なものは今夜までに揃える。それでも足りないものがあるなら、言ってくれ。」

「わかった。ありがとう。」

「時期に日が暮れてくる。夕餉の際には、呼びに来るから、それまで自由にしていろ。」

「うん。」

そう言うと晴明はどこかへ行ってしまった。
何もすることがないので、廊下の縁に座って庭を眺める。
桜が咲いているから、今は春だろう。
さっきまでうっとおしいくらいに暑かったのに、今はちょうどいい暖かさだ。
そのことが余計に別世界にきてしまったことを実感させる。
どうしたらもとの時代に戻れるのかと思案に暮れていると、2人の美しい女性が私の両隣りに座った。
私は突然現れた2人の美女の顔を交互に見る。
美女はにっこりと笑っている。

「あなたが未来から来たという人間ね。」

「かわいらしい子じゃない。」

「あの、どちら様ですか…。」

「私たちは十二天将よ。」

深紅の衣装に身を包んだ女性がそう言った。

「十二天将…。さっき会った、騰蛇と同じ?」

「ええ。あれと同じよ。私は朱雀。そっちの真っ白な髪の者が…。」

「天后(てんこう)よ。よろしくね。」

天后は雪のように真っ白な髪で淡い青、今で言う水色の衣装を身にまとっている。

「えっと、これからしばらく、お世話になります。」

私がたどたどしくそう言うと、2人は目を細めてにっこりと笑った。

「ねえ、未来のこと、少し教えてくれない?」

「そうそう!すごく気になるの!どんな感じなの?この時代のものとは全然違うの?」

「え、えっと、あの…。」

突然2人が迫ってきて、大量の質問を投げかけられる。
私が対処しきれなくなって困り果てていると、ふわっと体が宙に浮いた。
騰蛇が私を片手で持ち上げたのだ。

「そこまでだ。朱雀、天后。晴明が呼んでる。それと、夕餉の時間だ。」

「あ、うん。ありがとう。」

「邪魔しないでよ、騰蛇。」

「ああ?黙れ、鳥。」

「何ですって?」

騰蛇と朱雀の間に火花が見える。
天后がすかさず仲裁に入った。

「騰蛇、朱雀、やめましょう?見苦しいわ。晴明が呼んでいるのでしょう?行きましょう。」

朱雀は大きなため息をついて立ち上がり、騰蛇は舌打ちをして私を下ろした。
3人が歩き出すと、私もそのあとについていった。
辿り着いた場所は広い部屋だった。
きれいに盛り付けられた食事が向かい合うようにして、たくさん並べられている。
食事の数だけ、人もいた。
晴明は真っ当な衣装だが、他の人はみんなコスプレのような、個性的な和風の衣装だった。

「もしかして、十二天将の皆さんですか?」

「ああ、そうだ。お前の席は晴明の前だ。」

ここまで連れて来てくれた騰蛇が答えた。
私は奥に座る晴明の前まで歩みを進め、座った。
私が座ったのを確認した晴明が口を開いた。

「紹介しておこう。私の式神、十二天将だ。私の隣から貴人(きじん)、騰蛇、朱雀、六合(りくごう)、勾陳(こうちん)、青龍。椿の隣から天后、大陰(たいいん)、玄武、大裳(たいじょう)、白虎、天空(てんくう)だ。」

私は十二天将の方へ視線を向けた。
皆、私を見ている。

「…お、お世話になります。」

私は会釈しながらそう言った。

「よろしく、椿。私は貴人。十二天将のまとめ役のような者だ。助けが必要なときは、いつでも呼びなさい。」

貴人が優しくほほえむ。
助けが必要という言葉に少し違和感を覚えたが、このときはあまり気に留めなかった。

「さあ、食事をいただこう。」

晴明がそう一声かけると、皆、食事を食べ始めた。
私も一口食べてみた。

「おいしい…!」

盛り付けがきれいといっても、中身は野菜中心の質素なものだったから、味も薄めで微妙かと勝手に思っていた。
視線をあげると晴明と目が合う。

「うまいか?」

「うん!」

私が笑顔で答えると、晴明もほほえんだ。
食事を終える頃には完全に日が暮れて、辺りは真っ暗になっていた。
自分の部屋に戻ると、いつのまにか寝床と小袖が用意されていた。

「…平安時代って、布団はなかったんだっけ。」

布団の代わりに着物が2枚ほど重ねて置かれている。
小袖はきっと寝間着がわりだろう。
私は着ていた洋服を脱いで、小袖に着替え、寝床に入った。
周りがざわざわと嫌な感じがする。
気になって眠れない。
目を開けると、驚愕した。
黒いもやが部屋を満たしている。

「きゃあっ!!」

うまく呼吸ができない。

お……ひめ、……のひ…

黒いもやから何か聞こえる。
怖くてすぐにでも逃げ出したいのに、体が動かない。

「はっ…だれか、助け…。」

その時、勢いよく御簾が上げられた。

「祓い給え、清め給え。急急如律令。」

晴明が呪文を唱えると、黒いもやが消えていく。

おにのひめ…

黒いもやが消える間際、頭に響くようにそう聞こえた。

「椿!」

晴明が慌てて中へ入ってきて、私の体を起こす。
今の黒いもやは何だったのかと聞こうとしたが。

「晴明。」

晴明と一緒に駆けつけてくれたのであろう騰蛇の一声に遮られる。
騰蛇は眉間にしわを寄せていた。

「なんだ。」

「さっきの雑魚ども、鬼の姫って言ってた。」

晴明の顔が瞬時に青ざめる。

「鬼の姫…だと?」

晴明が私の顔をまじまじと見つめる。
その視線からは殺気が感じられた。

「…鬼の姫って?」

私の言葉を聞いて、晴明は目を見開いた。

「知らないのか?」

私は黙って頷いた。
晴明は騰蛇に視線を移す。

「騰蛇、十二天将にこのことを伝えて、もう少し強力な結界を張れ。」

「おう。」

騰蛇はすぐに部屋を出ていった。
晴明は私に視線を戻す。

「何も、知らないのだな。お前は。」

「うん。」

「…わかった。とりあえず、今は休め。明日、きちんと説明する。」

そう言うと、私の体を優しく寝床に寝かせ、布団がわりの着物をかけた。

「今夜は、お前のそばにいよう。」

晴明が優しい笑みを見せる。
私は少しほっとして、ゆっくりと目を閉じた。

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