「はい、どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
私は箸を持って、手を合わせた。
相変わらず、きれいに盛り付けされている、野菜中心のヘルシーな食事である。
よく見ると、私の分の食事しかなかった。
「あれ、天后は食べないの?」
「ん?私たちは式神だから、お腹が空くことはないわ。食べられないことはないけどね。」
「へぇ。」
私は黙々と食べ進めていく。
「あの。」
「なに?」
「私はこれからどうすれば?」
「うーん、特にやることはないわ。貴女の自由よ。多少、制限はあるけれど。」
自由か。
それなら、何をしようかと口をもごもごさせながら考える。
「あ、じゃあ、外に出てみたい。」
そう言うと、天后の顔色が変わった。
「外はあまりお勧めしないわ。」
「なんで?」
「結界はこの屋敷にしか張っていないの。都全体には張っていないから、妖に狙われやすくなるわ。」
「…だめですか?」
天后が眉間にしわを寄せる。
「えー、正直あまり行かせたくないけれど、貴女もここに来たばかりだし、個人的には、ここを知ってもらいたいわ。貴女の自由とも言ってしまったし…。」
天后はぶつぶつと本音を漏らして、頭を抱える。
「んー…わかったわ。もう1人、護衛を増やしましょう。」
「やった!ありがとう!」
「ただし!危ないと思ったら、早急に帰って来ますからね!」
「はぁい。」
私は残りの食事をかきこんだ。
「で、なぜ私なのよ。」
朱雀がげんなりとした顔をする。
天后はにっこりとした笑顔を見せていた。
「あら、貴女、今日はおひまをいただいているでしょう?ちょうどいいと思って…。」
「ちょうどよくないわよ!私がゆっくり休みたいからと思って、いただいた休みなのよ!」
「まあまあ。」
私と天后と朱雀は都を見て回っていた。
都は栄えていて、色々な店があり、人もたくさんいる。
「人が多いね。」
「そうね。その分、たくさんの感情が入り混じるから、妖も多いのよ。」
「ちょっと!こんな時まで妖の話はいいわ!椿、貴女、着物持ってないのよね?」
「え?はい。持ってませんけど。」
「それなら、着物買いに行くわよ。」
朱雀に引きずられて、呉服屋に連れていかれる。
「姐さん!この子に合うもの、いくつか見立ててちょうだい。」
「あら、朱雀に天后じゃない。可愛らしい子ね。ちょっと待ってて。」
朱雀と天后は少し高くなっている畳に座った。
私も座ると、店の女性がお茶とお菓子を持ってきた。
「ここ、よく来るの?」
私はお茶を飲みながら聞く。
「ええ。別に着物買いにくるわけでもないけどね。仲いいのよ。ここの女主人とは。」
「へぇ。」
姐さんと呼ばれていた女主人が、店の奥から何種類もの反物を持って戻ってきた。
「こんなもんかしらね。どう?」
「いいじゃない!これなんかどう?」
白地に椿の花が描かれている反物を手に取って、広げた。
「すてきね。」
天后が私を見て微笑みながら言う。
着物のことはよくわからない私は、なんとも言えないけれど、すごくきれいだと思った。
私の名前と同じ椿に惹かれる。
でも、あまりに数が多い上に、自分はこういうのは悩むタイプだとわかっているので、朱雀と天后に任せることにした。
「あの、なんでもいいから、朱雀と天后の好みで構わないから、いくつか見繕って。私じゃ、決められない。」
そう言うと、朱雀と天后は目を輝かせてこくこくと頷き、女主人も加わって反物を選び始めた。
「あー、楽しかったわ。」
「なんだかんだ言って、朱雀が結局一番楽しんだじゃないの。ねぇ、椿?」
「そうだね。」
「こういうのは楽しんだ者勝ちよ。」
呉服屋で反物を選んだ後は、下駄や髪飾りなど小物を見て回った。
たくさん歩いたので、茶屋で少し休憩することにした。
「そういえば、買ったもの持ってきてないけど。」
「ん?後日、全部屋敷に持ってくるように頼んだわよ?」
私は苦笑することしかできなかった。
天后が空を見つめる。
「…日没が近づいているわ。そろそろ帰りましょう。」
天后と朱雀が立ち上がる。
私も残っていたお茶を飲んで、長椅子から立ち上がった。
3人で並んで歩き出す。
「日没は何か関係があるの?」
「大ありよ。日没後は妖が蔓延るから、椿が外にいるのは日中より危険すぎる。」
朱雀が答えてくれた。
感心していると、小石に蹴つまずく。
「痛っ。」
「大丈夫?」
2人は私の方へ振り返って、心配そうな顔をする。
「大丈夫。」
服についてしまった砂を払って、立ち上がろうとした時、ざくっと何かが切れる音がして、右肩のあたりに鈍い痛みが走る。
「え?」
地面にぱたぱたと雫が落ちる。
その雫は、鮮やかな赤色をしていた。
私は無意識に右肩を押さえる。
「椿!」
天后が抱きしめるようにして私を守る。
朱雀は私をかばうようにして私の背後に立った。
辺りは暗くなりはじめていた。
少し後ろを振り返ると、朱雀の姿のその先に昨日見たのと同じ、黒いもやが佇んでいた。
「天后、先帰ってていいわよ。」
「…わかったわ。ここはお願い。」
天后が呪文を唱える。
光に包まれた瞬間、私と天后の姿はその場から消えた。
朱雀は私たちがいなくなったことを確認すると大きなため息をつく。
「まったく、面倒なものね、鬼の姫も。」
黒いもやを見てにやりと笑い、刀を構えた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!