第7話

決意
145
2018/01/05 08:18
私と天后は光に包まれたかと思うと、晴明の屋敷に戻ってきていた。

「血、止まらないわね。」

右肩からは血がとめどなく流れている。

「…顔色も悪くなってきてる。晴明を呼んでくるわ。」

私の様子を見た天后は、足早に部屋を出ていった。
血を失いすぎたのか、頭がぼうっとする。
私が外に出たいなんて言ったから、朱雀や天后、晴明に迷惑をかけてしまった。
痛みと申し訳なさから、涙がこぼれそうになる。

「椿!」

天后が晴明を連れて戻ってきた。

「椿!?こっち向け!」

俯いていた私の顔を両手ではさんで上げさせる。
晴明の表情からすごく心配してくれていることがわかる。

「晴明…ごめんなさい…。」

晴明の顔を見るとなんだかほっとして、我慢していた涙が一粒こぼれ落ちた。

「泣くな、面倒くさい。…顔色が悪い。出血してから、どれくらい経つ?」

「そんなに時間は経っていないわ。すぐにこっちへ戻ってきたから。」

「そうか。天后、椿の体を抑えていろ。」

天后は黙って頷き、私の口に手ぬぐいを噛ませると、私の体を動かないように抑えた。
晴明は持ってきた酒を口に含み、傷口へ勢いよく吹きかける。

「んんんッ!!」

私は猛烈な痛みに襲われて、声にならない叫びをあげた。
暴れようとする私を天后が必死に抑える。

「痛いかもしれないが、我慢しろ。」

晴明が手際よく包帯を巻く。

「清めた酒だ。消毒にもなるし、穢れの浄化にもなる。」

手当が終わった頃には、私は気を失っていた。
天后が険しい顔つきで口を開く。

「晴明、今回の件はすべて…。」

「いい、気にするな。誰のせいでもない。」

晴明は私を抱きかかえて、私の部屋へ向かった。
私を寝床に寝かせ、晴明もその場に座りこんだ。
私の髪を少しすくい、頭をそっと撫でる。

「晴明。」

部屋の前に、朱雀が現れた。
晴明は朱雀の方へゆっくりと視線を移す。

「朱雀か。」

「ええ。黒いもや…穢れは全て消したわ。ただ、椿が…。」

「知っている。」

晴明が私に視線を戻す。

「傷は手当てした。」

「そう。…晴明、この件は私の責任で…。」

「天后と同じことを言うな。お前のせいじゃない。鬼の姫を守ろうとすることは非常に困難なことだ。これくらいは想定していた。」

晴明は天后と同じように険しい表情をする朱雀を見て、優しく微笑んだ。

「結界のない外はもちろん危険だが、だからといって屋敷の中に閉じ込めておくわけにもいかない。たまにでいいから、また今日のように外に連れ出してくれてかまわない。」

朱雀は目を見張るも、すぐに柔らかい笑みを見せる。

「わかった。次は椿に傷一つつけないようにするわ。」

「ああ。」

朱雀は衣装を翻して闇の中へ消えた。
晴明はふと思いついて立ち上がり、部屋を出ていった。
朝日が眩しい。
目を開けると、御簾が上がったままになっていた。
起き上がろうとしたが、ものすごく体がだるい。
その時、貴人が御膳を持って部屋へ入ってきた。
私に気づいて、声をかける。

「おや、気がつきましたか。」

「うん。あの、私、昨日…。」

貴人は御膳を置いて、私の枕もとに座った。

「覚えていますか?」

「うん。晴明に手当てしてもらったところまでは。」

「その後は、気を失ったんですよ。」

「そっか。晴明は?」

「さあ?何やら用事があるとは言っていましたが。」

会話が途切れて、辺りは静寂に包まれる。
朝食を食べようと起き上がったとき、貴人が口を開いた。

「…今後、このようなことは日常茶飯事となるでしょう。」

「え?」

「昨日のように黒いもや、穢れというのですが、あれに襲われることは当たり前のようになります。最悪、天狗などの凶悪な妖と遭遇することもあるかもしれません。」

「うん。」

「それでも、私たちが全力で守りますから、この世界を、この都を知っていただきたいのです。」

「うん。天后も知ってほしいって言ってた。私も知りたい。でね…。」

「椿!」

晴明が手に何かを持って、部屋に入ってきた。

「晴明。」

「体調は大丈夫か?」

晴明は貴人の隣に座る。

「うん。どうしたの?」

「お前にこれを渡して置こうと思ってな。」

そう言うと、私の左手首に腕飾りをつけた。

「勾玉…ですか?」

貴人がのぞき込む。

「ああ。月明かりで清めたものだ。穢れくらいなら、多少は退けられるだろう。」

「ありがとう。すごくきれい…。」

左手を太陽に向ける。
勾玉が光を反射してきらきらと光る。
ここに来て私にできることはないか、考えていた。
ようやく思いついた。
私は晴明へ顔を向け、まっすぐに見つめる。

「晴明。」

「なんだ?」

「…私、陰陽道を学びたい。」

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