私と天后は光に包まれたかと思うと、晴明の屋敷に戻ってきていた。
「血、止まらないわね。」
右肩からは血がとめどなく流れている。
「…顔色も悪くなってきてる。晴明を呼んでくるわ。」
私の様子を見た天后は、足早に部屋を出ていった。
血を失いすぎたのか、頭がぼうっとする。
私が外に出たいなんて言ったから、朱雀や天后、晴明に迷惑をかけてしまった。
痛みと申し訳なさから、涙がこぼれそうになる。
「椿!」
天后が晴明を連れて戻ってきた。
「椿!?こっち向け!」
俯いていた私の顔を両手ではさんで上げさせる。
晴明の表情からすごく心配してくれていることがわかる。
「晴明…ごめんなさい…。」
晴明の顔を見るとなんだかほっとして、我慢していた涙が一粒こぼれ落ちた。
「泣くな、面倒くさい。…顔色が悪い。出血してから、どれくらい経つ?」
「そんなに時間は経っていないわ。すぐにこっちへ戻ってきたから。」
「そうか。天后、椿の体を抑えていろ。」
天后は黙って頷き、私の口に手ぬぐいを噛ませると、私の体を動かないように抑えた。
晴明は持ってきた酒を口に含み、傷口へ勢いよく吹きかける。
「んんんッ!!」
私は猛烈な痛みに襲われて、声にならない叫びをあげた。
暴れようとする私を天后が必死に抑える。
「痛いかもしれないが、我慢しろ。」
晴明が手際よく包帯を巻く。
「清めた酒だ。消毒にもなるし、穢れの浄化にもなる。」
手当が終わった頃には、私は気を失っていた。
天后が険しい顔つきで口を開く。
「晴明、今回の件はすべて…。」
「いい、気にするな。誰のせいでもない。」
晴明は私を抱きかかえて、私の部屋へ向かった。
私を寝床に寝かせ、晴明もその場に座りこんだ。
私の髪を少しすくい、頭をそっと撫でる。
「晴明。」
部屋の前に、朱雀が現れた。
晴明は朱雀の方へゆっくりと視線を移す。
「朱雀か。」
「ええ。黒いもや…穢れは全て消したわ。ただ、椿が…。」
「知っている。」
晴明が私に視線を戻す。
「傷は手当てした。」
「そう。…晴明、この件は私の責任で…。」
「天后と同じことを言うな。お前のせいじゃない。鬼の姫を守ろうとすることは非常に困難なことだ。これくらいは想定していた。」
晴明は天后と同じように険しい表情をする朱雀を見て、優しく微笑んだ。
「結界のない外はもちろん危険だが、だからといって屋敷の中に閉じ込めておくわけにもいかない。たまにでいいから、また今日のように外に連れ出してくれてかまわない。」
朱雀は目を見張るも、すぐに柔らかい笑みを見せる。
「わかった。次は椿に傷一つつけないようにするわ。」
「ああ。」
朱雀は衣装を翻して闇の中へ消えた。
晴明はふと思いついて立ち上がり、部屋を出ていった。
朝日が眩しい。
目を開けると、御簾が上がったままになっていた。
起き上がろうとしたが、ものすごく体がだるい。
その時、貴人が御膳を持って部屋へ入ってきた。
私に気づいて、声をかける。
「おや、気がつきましたか。」
「うん。あの、私、昨日…。」
貴人は御膳を置いて、私の枕もとに座った。
「覚えていますか?」
「うん。晴明に手当てしてもらったところまでは。」
「その後は、気を失ったんですよ。」
「そっか。晴明は?」
「さあ?何やら用事があるとは言っていましたが。」
会話が途切れて、辺りは静寂に包まれる。
朝食を食べようと起き上がったとき、貴人が口を開いた。
「…今後、このようなことは日常茶飯事となるでしょう。」
「え?」
「昨日のように黒いもや、穢れというのですが、あれに襲われることは当たり前のようになります。最悪、天狗などの凶悪な妖と遭遇することもあるかもしれません。」
「うん。」
「それでも、私たちが全力で守りますから、この世界を、この都を知っていただきたいのです。」
「うん。天后も知ってほしいって言ってた。私も知りたい。でね…。」
「椿!」
晴明が手に何かを持って、部屋に入ってきた。
「晴明。」
「体調は大丈夫か?」
晴明は貴人の隣に座る。
「うん。どうしたの?」
「お前にこれを渡して置こうと思ってな。」
そう言うと、私の左手首に腕飾りをつけた。
「勾玉…ですか?」
貴人がのぞき込む。
「ああ。月明かりで清めたものだ。穢れくらいなら、多少は退けられるだろう。」
「ありがとう。すごくきれい…。」
左手を太陽に向ける。
勾玉が光を反射してきらきらと光る。
ここに来て私にできることはないか、考えていた。
ようやく思いついた。
私は晴明へ顔を向け、まっすぐに見つめる。
「晴明。」
「なんだ?」
「…私、陰陽道を学びたい。」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!