第12話

糸口
124
2018/01/08 15:35
目を覚ますと、目の前には晴明がいた。
自分の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかる。
私はいたたまれなくなって、こっそり寝床から出ようとしたが、晴明の腕が私を捕らえ、引き戻される。
そのまま晴明にぎゅっと抱きしめられた。

「せ、晴明。起きてるんでしょ。」

顔をなんとか晴明の方へ向けると目が合った。
晴明は柔らかい笑みを浮かべて、一層強く抱きしめる。

「晴明!」

「椿。」

晴明の腕から逃れようとしていた私は、名前を呼ばれて、もう一度晴明を見た。
晴明は私をまっすぐに見つめる。

「な、なに?」

「…いや、なんでもない。」

晴明が私を離す。
なんでもないっていうのは、きっと嘘だ。
晴明が何を言おうとしたのか、気になった。
聞こうかどうか悩んでいると、騰蛇が来た。

「おい、朝餉ができてるぞ。」

「ああ、今行く。」

「じゃあ、私、着替えてくるね。」

私はそそくさと部屋から出ていった。
それを見た騰蛇は訝しむ。

「…晴明。」

「なんだ。」

「何やったんだ?」

「…何もしていない。」

「なんだ、今の間は。」

晴明はしれっとしたまま、着替え始めた。


「絶対、感じ悪かったよなぁ。」

着替え終わった私は、逃げるように部屋を出てきてしまったことを後悔しながら、朝食が用意されている部屋へ向かった。
部屋に着くと、すでに晴明が朝食を食べ始めていた。
私の朝食は晴明の向かいに用意されている。
私はおずおずと歩いて、用意されている席に座った。
しかし、晴明は何も言わない。
怒っているのだろうか。
私から声をかけることもできず、そっと箸を取り、食べ始める。
そういえば、晴明は私のことをどう思っているのだろうか。
晴明は、私のことなどなんとも思っていないかもしれない。
考え始めると思考がどんどんネガティブになってしまう。

「椿。」

晴明に声をかけられ、俯いていた顔を上げる。

「なに?」

「今日の夜、ある妖を訪ねるから、お前もついてこい。」

「わかった。」

仕事ではなさそうだった。
気になるけれど、やはり何も聞くことはできなかった。
その日の夜。
日が沈み、都が闇に包まれる中、私は晴明と貴人とともにどこかに向かって歩いていた。
たどり着いた場所は、祇園神社だった。

「神社?」

「ああ。ここに色々詳しい奴がいるんだ。」

神社の本殿まで来ると、晴明はその裏へまわった。
私と貴人も晴明の後についていく。
そこには、頭に二本の角がある、派手な着物を身に纏った男が座り込んでいた。
手にはひょうたんを持っている。
男はそのひょうたんの中の液体を勢いよく飲み干し、晴明を見た。

「よう、晴明。お前から来るとは、珍しいな。明日は槍でも降るのか?」

「…酒の飲み過ぎだ、酒呑童子。」

酒呑童子…聞いたことがある。
確か、鬼だったはずだ。
思わず、晴明の衣服の裾を掴む。
すると、私に気づいた酒呑童子がにやりと笑った。

「なんだ、晴明。かわいらしい嬢ちゃん連れてるじゃねえか。」

「手を出すなよ。その瞬間、お前の首を飛ばすからな。」

「怖えな。安心しろ、手ぇ出すくらいなら、奪うさ。」

晴明の額に青筋が浮かぶ。
酒呑童子はその様子を見て、面白いとでもいうような顔をしている。

「で、何の用だ?」

「少し聞きたいことがある。ここ数週間の間に貴族の宝を盗んだ妖を知らないか?」

「知ってるぜ。烏天狗どもだ。」

「烏天狗か。」

「ああ、しかも奴ら、よからぬことを考えてる。」

酒呑童子の言葉を聞いて、晴明と貴人の顔色が変わった。

「何を考えてる?」

「お前を殺して、鬼の姫を喰らおうとしてる。挙げ句の果てには、この国を滅ぼそうなんて言い出しやがった。一部の妖は、奴らを恐れて言いなりになってるぜ。」

晴明の顔が青ざめ、険しい表情になる。

「…早々に、対処しなくてはならないな。酒呑童子よ、礼を言う。」

「構わねえよ。ま、気をつけな。」

私たちは踵を返した。
振り返ると、酒呑童子が手をひらひらと振って、私たちを見送っていた。


帰り道、晴明が強く拳を握っていることに気がついた。

「晴明。」

声をかけると、晴明が足を止める。

「なんだ?」

「手、見せて。」

晴明の手を取って、拳を開かせる。
手のひらには、うっすら血が滲んでいた。
私は持っていた手ぬぐいを晴明の手のひらに巻いた。

「はい。」

晴明の顔を見ると、依然険しい表情をしていた。
晴明が視線を上げて、私を見つめる。

「…お前は、絶対に守る。」

晴明がどういう心情でそう言ったのか、私には分からなかったけれど、とても嬉しかった。

「ありがとう。」

私は笑顔でそう言った。
このとき、私たちはまだ知らなかった。

破滅の時がすぐそこまで迫っていることを。

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