目を覚ますと、目の前には晴明がいた。
自分の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかる。
私はいたたまれなくなって、こっそり寝床から出ようとしたが、晴明の腕が私を捕らえ、引き戻される。
そのまま晴明にぎゅっと抱きしめられた。
「せ、晴明。起きてるんでしょ。」
顔をなんとか晴明の方へ向けると目が合った。
晴明は柔らかい笑みを浮かべて、一層強く抱きしめる。
「晴明!」
「椿。」
晴明の腕から逃れようとしていた私は、名前を呼ばれて、もう一度晴明を見た。
晴明は私をまっすぐに見つめる。
「な、なに?」
「…いや、なんでもない。」
晴明が私を離す。
なんでもないっていうのは、きっと嘘だ。
晴明が何を言おうとしたのか、気になった。
聞こうかどうか悩んでいると、騰蛇が来た。
「おい、朝餉ができてるぞ。」
「ああ、今行く。」
「じゃあ、私、着替えてくるね。」
私はそそくさと部屋から出ていった。
それを見た騰蛇は訝しむ。
「…晴明。」
「なんだ。」
「何やったんだ?」
「…何もしていない。」
「なんだ、今の間は。」
晴明はしれっとしたまま、着替え始めた。
「絶対、感じ悪かったよなぁ。」
着替え終わった私は、逃げるように部屋を出てきてしまったことを後悔しながら、朝食が用意されている部屋へ向かった。
部屋に着くと、すでに晴明が朝食を食べ始めていた。
私の朝食は晴明の向かいに用意されている。
私はおずおずと歩いて、用意されている席に座った。
しかし、晴明は何も言わない。
怒っているのだろうか。
私から声をかけることもできず、そっと箸を取り、食べ始める。
そういえば、晴明は私のことをどう思っているのだろうか。
晴明は、私のことなどなんとも思っていないかもしれない。
考え始めると思考がどんどんネガティブになってしまう。
「椿。」
晴明に声をかけられ、俯いていた顔を上げる。
「なに?」
「今日の夜、ある妖を訪ねるから、お前もついてこい。」
「わかった。」
仕事ではなさそうだった。
気になるけれど、やはり何も聞くことはできなかった。
その日の夜。
日が沈み、都が闇に包まれる中、私は晴明と貴人とともにどこかに向かって歩いていた。
たどり着いた場所は、祇園神社だった。
「神社?」
「ああ。ここに色々詳しい奴がいるんだ。」
神社の本殿まで来ると、晴明はその裏へまわった。
私と貴人も晴明の後についていく。
そこには、頭に二本の角がある、派手な着物を身に纏った男が座り込んでいた。
手にはひょうたんを持っている。
男はそのひょうたんの中の液体を勢いよく飲み干し、晴明を見た。
「よう、晴明。お前から来るとは、珍しいな。明日は槍でも降るのか?」
「…酒の飲み過ぎだ、酒呑童子。」
酒呑童子…聞いたことがある。
確か、鬼だったはずだ。
思わず、晴明の衣服の裾を掴む。
すると、私に気づいた酒呑童子がにやりと笑った。
「なんだ、晴明。かわいらしい嬢ちゃん連れてるじゃねえか。」
「手を出すなよ。その瞬間、お前の首を飛ばすからな。」
「怖えな。安心しろ、手ぇ出すくらいなら、奪うさ。」
晴明の額に青筋が浮かぶ。
酒呑童子はその様子を見て、面白いとでもいうような顔をしている。
「で、何の用だ?」
「少し聞きたいことがある。ここ数週間の間に貴族の宝を盗んだ妖を知らないか?」
「知ってるぜ。烏天狗どもだ。」
「烏天狗か。」
「ああ、しかも奴ら、よからぬことを考えてる。」
酒呑童子の言葉を聞いて、晴明と貴人の顔色が変わった。
「何を考えてる?」
「お前を殺して、鬼の姫を喰らおうとしてる。挙げ句の果てには、この国を滅ぼそうなんて言い出しやがった。一部の妖は、奴らを恐れて言いなりになってるぜ。」
晴明の顔が青ざめ、険しい表情になる。
「…早々に、対処しなくてはならないな。酒呑童子よ、礼を言う。」
「構わねえよ。ま、気をつけな。」
私たちは踵を返した。
振り返ると、酒呑童子が手をひらひらと振って、私たちを見送っていた。
帰り道、晴明が強く拳を握っていることに気がついた。
「晴明。」
声をかけると、晴明が足を止める。
「なんだ?」
「手、見せて。」
晴明の手を取って、拳を開かせる。
手のひらには、うっすら血が滲んでいた。
私は持っていた手ぬぐいを晴明の手のひらに巻いた。
「はい。」
晴明の顔を見ると、依然険しい表情をしていた。
晴明が視線を上げて、私を見つめる。
「…お前は、絶対に守る。」
晴明がどういう心情でそう言ったのか、私には分からなかったけれど、とても嬉しかった。
「ありがとう。」
私は笑顔でそう言った。
このとき、私たちはまだ知らなかった。
破滅の時がすぐそこまで迫っていることを。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。