いえ、全く。
答えは出ているものの口に出す気はない。
きっと先輩も答えないはずだ。
私と先輩の顔を交互に見る七瀬。
3人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは七瀬だった。
「先輩に叩かれました」なんて言えるわけがない。
先輩の持つパスケースを指差していった。
咄嗟に背中に手を回してそれを隠す先輩は気まずそうに俯いた。
それを見て何かを察したであろう七瀬が聞きづらそうに…
先輩が小さく頷く。
間違ってたら、なんて前置きしてるけどきっと七瀬は確信して聞いてる。
なんとなくそんな感じがした。
また、小さく頷く先輩。
本人に言われればあっさり認めるのかよ。
そう思ったけど言わないでおこう。
今は2人時間。私が口をはさむべきじゃない。
困ったような笑みをうかべた七瀬が手を出せば
その上にパスケースが置かれる。
すぐに中身を確認すれば
と、安堵の声をもらす。
ぎゅっとパスケースを両手で握りしめる七瀬。
幼い子どものようで少し可愛い。
すぐに消えてしまいそうなくらい小さな声。
彼女の頬には涙がつたっていた。
いや、なんでそっちが泣くの?
泣きたいのはほっぺた叩かれた私とパスケース取られた七瀬でしょ。
さすがに我慢できない。
私の声にかぶさるように七瀬が聞いた。
はぁ、とため息をついてから言った言葉。
その言葉に少し違和感 。
違和感の原因は
«昔から»
きっと……いや、絶対そこだ。
うん。七瀬なら許すと思ってた。
本当は痛かったけど言わない。
これ以上 謝ってほしいわけでもないし 私にも非はあったから。
そう言ってお辞儀をすれば踵を返し、下駄箱を通り先輩は帰っていった。
先程まで一緒にいた友達はいつの間にか帰ってしまったらしい。
一人で歩く後ろ姿がなんだか少し可哀想に見えてくる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!