翌朝。
窓から差し込む僅かな光で目が覚める。
雪女の末裔であるあたしは陽の光のような少しの熱にも敏感で、夏場は死にかけたこともある。
いつもと変わらない朝。
そう、いつもと。
だから、あれは本当に叶わなかったんだ-……
なんで今外から玲依の声が…!?
それに今日は-今は2092年5月15日じゃ………。
何故か3年も前のカレンダーがあたしの部屋にかかっていた。よく見ると家具の配置も実家とよく似ている。似ている……?これはもはや同じと言った方が…。
そんなことを混乱しながらも考えていると飽きるほど聞いた声が聞こえてきた。
まさか昨晩願ったことが叶ってしまったのか…?
そんな事を思いながら携帯の電源をつける。
やはり2089年となっていた。
部屋を出ると階段があった。
間取りは完全に実家だった。
すぐに用意を済ませるとあたしは家を出た。
あぁ、大学の課題をしていたら2時を過ぎていたよなんてこの時のあたしが言えば完全に不審がられるだろう。何せ今あたしは3年前の世界に居るのだから。
つまり今のあたしはあくまでも16歳。
そしてこれだけ元気な瑠夏が居るとなると、きっと今は瑠夏の体調が良くなって一度退院をしたときなのだろう。
…ん?
これって、俗に言う『タイムスリップ』ってやつなのかな?
笑いながらあたしの肩をぺしぺし叩く瑠夏を、あたしはどこか懐かしく感じながら見ていた。
肩を叩かれるなんて、瑠夏以外にされたことがほとんどなかった。だから、この叩かれた強さがとても懐かしかった。
苦笑いしながら、あたしは答えた。
-瑠夏の病気が見つかったのは中2の冬だった。
持久走が終わったときに、瑠夏は突然倒れた。
意識を失っていた彼女は病院に運ばれた。
心臓に欠陥が見つかったらしく、彼女を診た医師は「この体でよく14年生きられましたね…」と驚愕していたらしい。
心臓に欠陥があったのに入退院を繰り返しながら高校に通っていたり、あたしとよく遊んでくれたりしたのは、きっと生きている間に出来るだけ多くの経験や楽しいことをさせたいという瑠夏の親の気持ちだったのだろう。
-そう、いつもそう言っていた。
瑠夏はプラシーボ効果を信じていたらしい。
プラシーボ効果は人間の思い込みは凄いと思わされる。
例えば、がん患者が居たとする。
医師は彼らにただの砂糖を新改良した、苦くない薬だと嘘を吐き与える。
すると数週間後、彼らの体にがん細胞は見当たらなかったという話が実は実在する。
瑠夏はその話を親から聞いたらしく、「じゃああたしもあたしは健康だ。でも少し弱いから人生をどう生きたらいいかなって考えたら少しは長く生きられるよね?」と言っていたらしい。
だから、瑠夏は死ぬそのときまでずっと何かある度にその事を面白く、前向きに捉えては楽しんでいた。
その時のクラスの担任も、彼女の意思が伝わったらしく体育祭など体を激しく動かす行事には出られない瑠夏の為に、担任は色々と工夫をしていた。
今思えば本当いい先生だったと思う。
瑠夏は目を輝かせながら言う。
たしかにここは広かった。
あたし達は人の波に押し寄せられながらも取り敢えず3階に行くことにした。
たしか3階には美味しいクレープ屋さんがあったはずだ。
瑠夏は嬉しそうに言う。
記憶は正しかったようで、目の前にクレープ屋さんがあった。が、人が並んでいた。
瑠夏を並ばせる訳には行かない、とあたしは瑠夏にどこか座っててと言い瑠夏の好きそうなクレープと、自分の好きなクレープを選んだ。
瑠夏はなんでも美味しそうに頬張る。
普段病院食を食べている彼女には、こういったものが一層美味しく感じられたのだろう。
なにか外食をした時の彼女はとても幸せそうに見えた。
このとき瑠夏の体調を考えていた気がする。
3年前の記憶なんてすぐに忘れてしまう。
瑠夏はあたしの問いに首を振りながら玲依と一緒ならどこでもいいと笑顔で言った。
そう会話する瑠夏は、ただの女子高生だった。
本当に、そうであってほしく思った。
生きていたらきっと君は、あたしと同じ大学の、同じ学科に居たのだろう。
そして講義を一緒に聞けていたのだろう。
それに君は可愛いから-お付き合いもできていただろう。このあたしが入学して10日で告白されたぐらいなのだから。
本当、そうだね。
あたしも瑠夏が居なかったら困るんだけどね。
なんて言葉は言える訳もなく、その言葉は胸の奥にしまった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。