前の話
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今回の喧嘩は完全に俺が悪い。っていうのは、わかってた、けれども。
にっこり、効果音がぴったりな完璧な笑顔はまさに仏像のようで、ああ、これはやってしまったなと激しく後悔する。
にっこり、何を言ってもこの笑み。
絶対に怒ってる。
仲直りするために仕事前に時間を作ったけど、もうそのタイムリミットも迫ってきていた。
これまで喧嘩した時は、もっと、こう…
こんなに冷たくなかった気がして、少し不安が頭をよぎるのだった。
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あなたとも俺が嫉妬するくらい仲が良くて、俺と付き合う前に恋愛相談にも乗っていた知念に話を聞いてみる。
相変わらず毒舌な知念は俺の話を聞いて笑ってそう言った。「まず、遊園地に誘うとことかあますぎ」とか。「女の子のことわかってない」とか。
知念からのその言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなった。
俺、最低だ。
大ちゃんが深刻そうな顔をして楽屋に入ってくる。
何か仕事関係のことかと思うと、
大ちゃんの手に持っているものになにか見覚えがあった。
その紙袋の中には、俺が記念日にあげたペアリング。
あなたが肌身離さずにネックレスにして付けてるものだ。
もちろん、今俺も付けているだいじなもの。
もう、いらないって、こと。
知念の言葉に黙って頷く。
ロッカーにしまった上着をとろうと、ロッカーを開けたその瞬間だった。
ロッカーから飛び出してきた大好きな人は、満面の笑みでクラッカーを鳴らした。
俺はいつの間にか彼女を抱きしめてた。
クラッカーの火薬の匂いと、
彼女の優しい石鹸の香りがする。
安心、した。
二人の得意げな顔がちょっと悔しく感じる。
彼女がすっ、とスマホを取り出して構える。
写真を撮るのも忙しくて久々に感じる。
「チーズ」をいいかける前に、
彼女の頬にキスをする。
また新しい思い出が増えましたとさ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!