第6話

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2018/01/09 11:03
「……っ!」
ビクッとして我に帰った。
辺りには雪がしんしんと積もっていて、いつも通りの帰り道もすっかり銀世界になっている。
…何故だろう。
何度もこの景色を見た気がする。
はあはあと息をする度、私の目の前の空気には白い息が現れる。
「…おい、マキ?どうした?」
私の不可思議な行動を怪訝に思ったのか、リクが声をかけてきた。
「ううん、大丈夫。ただ…」
「ただ?」
「……なんか、とても悪い夢を見た気がして」
「ぶはっ、お前、寝てたのかよ!」
「ちょっ違うし!」
「まあ、珍しく真剣な顔してたしな!雪でもふんじゃねぇ?あ、もう降ってるか!」
お腹を抱えて笑うリクに肘鉄をお見舞いする。
ぷるぷると無言で震えるリクを横目に、私は話題を変える。
「今日さ、商店街の方寄ってもいい?」
「……なんで」
「友達の誕生日が近いから、プレゼント買いたくてさ」
「……えー」
「それとも、も1回これ喰らいたい?」
ニッコリと笑いながらさっきリクを殴った肘を指差す。
何か言おうとしていたリクも、それを見て『…好きなだけどうぞ』と了承した。

…このやり取りも一体何回目になるんだろう。













商店街を回っている間、私たちは他愛の無い話を続ける。
「リクって友達の誕生日とか気にするタイプなの?」
「……俺が、そういう風なタイプに見えるか?」
「あー…なんとなく分かるわ」

「…でね?そのときゆいちゃんがさ、リクのこと『カッコいい』って言ってたんだよ!やばくない?」
「…ふーん」
「ちょっと、聞いてる?」
「あー聞いてる聞いてる」
「もーちゃんと聞いてよね!」
「はいはい」
「…でも、ゆいちゃんも物好きだよね。こんな野性児のことカッコいいって言うなんて」
「んだと?喧嘩売ってんのか?」
「そういうところが野性児なんだって」








少し歩いていると、私の行きつけの雑貨屋さんに着いた。
店内には新発売の商品も並んでいて、私は端から端まで眺めていた。
はっとして1つのカラーペンをとると、リクの方へ向かう。
「ねえねえ見て!これ可愛くない?」
リクはちらりと私の手元を見ると、頭を掻きながら、
「あー…別にどれでもいいんじゃね?」
と言った。
私はリクの返答に頬を膨らましながら、他のコーナーもみて回ることにした。
「あ、これもいいかも!いや、でもこっちかなぁ」
私がぶつぶつと一人言を言いながら商品を選んでいたら、飽きたのかリクはイライラした口調で、
「別になんでもいいから、さっさと決めろよ」
と言ってきた。
その一言が、私の逆鱗に触れた。
「ちょっと、何よその言い方!そんなこと言うなら先に帰っててください!」
ストレスが溜まっていたのも原因の一つかも知れない。
だが、今の私はそんなこと原因の解明なんか後回しだった。
とにかく、目の前の男の発言が気に入らなかったのだ。
「もう知らない!」
そう言い捨てると、私は商品を置いて店の外へ飛び出した。
「っちょ、おい待てよ!」
リクも慌てて外へ飛び出す。
必死に走るが、所詮は女子と男子。
後から追いかけてきたリクは、すぐに私に追い付いてきた。
「おい、ちょっと待てよ!」
「付いてこないでよ!」
嘘だ。
本当は付いてきて欲しいから外へ飛び出したのに。
リクが追いかけてくれたことが嬉しいのに。
「お前一人にしたら危ねーだろ!」
「うっさい!ほっといてよ!」
違う。
リクがらしくもないことを言ってくれて嬉しいのに。
本当は放っておいて欲しくもないのに。
そんな私の本心は、風と共に掻き消されていく。
伝わることのない想いに耐えかねた私は、商店街の裏道を使ってリクを撒いた。
大通り前の路地の立て掛けてある看板裏に隠れると、私は乱れた息を整えた。
段々治まっていく呼吸に、今度は涙が溢れだした。
「ったく、なんなのよあいつ………!」
もういやだ。
自分の言いたいことすら伝えられない自分に腹が立つ。
さっきだって、リクに腹が立ったのも事実。
「でも、今のは私も悪かったかも……」
“悪かったかも”じゃない。
私が“悪かった”んだ。
リクの返答にあそこまでキツイ発言をしなければ、こんな風にはならなかったはず。
「…リクに、謝らなきゃ……」
そう思った時だった。
「っ…やっと見つけた…!」
突如聞こえた第三者の声に、私はすぐさま振り向く。
そこには、汗だくになって呼吸を整えるリクの姿があった。
「!ねえ、さっきは」
『さっきはごめん』
そう言うつもりだった。


激しいブレーキ音と共に辺りが暗闇に包まれる。
身体中が痛くて仕方が無い。
そっと目を開けると気がついた。
私がリクに抱き抱えられていることに。
顔が熱くなって、なんとか腕から脱出しようと試みる。
しかし抱き抱えている力が強く、中々出られない。
恥ずかしさに耐えられなくなった私は、『~っもう!』っと言いながら思いっきりリクの頬を叩いた。
ひんやり、とリクの“低い”体温が手に伝わる。
返答はない。
何か嫌な予感がする。
私はなんとか無事そうだったスマホを手繰り寄せ、リクをライトで照らす。

リクは、傷だらけだった。

サァッと血の気が引いていく。
「リク!?リク!しっかりして!リク!」
何度呼び掛けても、返答が来ることは無かった。
「…なんで、リク………」
ポロポロと涙がこぼれていく。




「……なんで毎回、私を助けてくれるの……?」








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