第38話

静寂の会場
88
2018/01/20 09:41
佐藤先生
最初はかけ算です。プリントの裏に名前と学校名を書いてください。
聞けば分かる。
この音はシャーペンなんかではない。
8割、9割の人間が、鉛筆だ。
全員が鉛筆、シャーペンを置いたところで始まる。
佐藤先生
では、よーーーいっ!!
右手でそろばんと鉛筆を握り、左手で紙をめくる。
これは同時作業。
いかに早くスタートできるか。
この1問5秒の世界では最初の時間稼ぎが足下を掬うことになる。
佐藤先生
ハジメッ…!!
ハジメ…!!という言葉は省略される場合がある。
理由は、ハジメと言っているが、選手達の指はもう問題に向けられているからだ。
ハジメをいっている辺りで1問目が終わる人間だっている。

──例えば、三筆千樹と川見万裕。

彼らは会場を、2人しか使っていない空間を知らない間に作り出していた。


カサササ…普通のスピードではない。
ずば抜けてきれいなリズムの早い音が聞こえる。
その音主はすぐ分かる。

“そろばんに水が流れている。水を泳ぐ魚のように指が優雅に動く”

有名なフレーズ。千樹のことを指す言葉だ。
その千樹の弾く音はたった一人。体育館中に響く。




緩成はひたすら腕を動かす。
休めることなく数字を書き込む。
佐藤先生
ヤメッ!!
その声は選手にとって集中力をとてつもない勢いで切るものだった。

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