大声をあげる二人を注意しようとしたその時。
キーッとさびれた、古い音が聞こえて、
振り返ってみればそこには椎野先生が不機嫌そうな表情で腕組をして立っていた。
ひどい寝癖がついた髪。
今まで寝ていたのか、半開き状態の目。
思いっきりプライベートだろう。
いつもかけてるメガネはないし、
ダボッとしたTシャツに短パンといったラフな格好をしてる。
なんだか普段と違う先生にドキドキしている自分がいる。
その声を聞いた瞬間、
ドキッと胸が大きく跳ねた。
…いつもより、低い声色。
先生だけど、先生じゃない。
今はただの男の人なんだよね…。
そんな先生を直視することができず、
無意識に握りしめた手のひらにジワリと汗が出る。
そう不機嫌な声で言う先生に、
思わず笑ってしまった。
そんな私を先生は怪訝そうな表情で見る。
ハッとした表情で周りを見渡す先生。
今頃気づいたのか…
自分の住むマンションに生徒がいるなんて…
なかなかないシチュエーションだろう。
そう言って葵が先生の腕に絡み付く。
葵はよく誰にでもスキンシップをとる人だから別に特に何も意味なくやっているんだろうけど…そうわかってはいるのに…
葵が先生にくっついている所を見ると、
何だか胸がキューッて締め付けられるようなそんな感覚がする。
先生は腕に絡み付いてくる葵に不機嫌そうに顔をしかめた。
そんな先生の発言に
"先生超絶カッコイイ!"
と絶賛する輝。
葵の質問に何も返さない先生に
なぜだか焦りが込み上げてくる。
……先生、彼女いるの…?
その言葉にホッとした。
先生…彼女いないんだ。
良かった…
あれ…。
なんで私こんな先生のこと考えてるの?
先生に彼女がいようがいまいが、
私には関係ないこと。
なのに…
どうしてこんなにも先生のことが気になるの…。
その先生の言葉に驚き、
顔を上げた。
"さっさと結婚するべきだった"
という言葉に胸がチクリと痛んだ。
結婚すべきだったってことは、
その彼女とは結婚を考えていたってこと。
どうして別れてしまったんだろう?
どうして?8年も一緒にいたのに。
先生が可愛い女性と付き合っていたことを想像すると、なぜだか胸が苦しくなった。
先生は私達を睨み付けるようにして、
尖った声で聞いてきた。
"すげーだろ!?"
と得意げに言って見せる輝を横目に先生はため息をついた。
輝は先生の車のナンバーと車体を覚えていたらしく、偶然車が止まっているのを目撃し、
先生の住むマンションはここだと分かったらしい。
輝の観察力と推理力には本当に毎日驚かされる。
"生徒"という言葉だけが強調されているかのように聞こえる。
"生徒なんだから"
"生徒だからダメ"
先生ってそればっかだよね。
椎野先生だけじゃない。
他の先生だって。
連絡先や住所なんて絶対教えてくれない。
どうしてなんだろう。
この前先生にかしてもらった小説でもあった。
"生徒と教師は生徒と教師だ"と。
つまり、生徒と教師はどこまでいっても
生徒と教師でしかいられないということ。
何で生徒と教師は恋に落ちてはいけないの?
何がいけないの?
私が子供だから、分からないだけ?
私にはよく分からない。
大人の恋なんて知らない。
"好き"って何だろう?
私は葵と輝が好きだ。
椎野先生のことも…。
でも、葵と輝に対しての"好き"と、
椎野先生に対する"好き"は全くの別物。
それだけはハッキリと分かる。
じゃあ、
雪が降ったあの日、
傘をかしてくれたあの男の人は…?
私はちゃんと好きだったはず。
それはちゃんと
"異性としての好き"だったのだろうか…。
でも、葵と輝に対する好きと、
椎野先生に対する好きは、
なんとなく違うような気がした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。