都心を出て、1時間。
住宅が並ぶその先に、青年の大切な人が眠る霊園がある。
丁寧にアイロン掛けされたシャツに、強い光が反射して。
仕事中には見せない表情で、彼はお墓の前にしゃがみ込む。
穏やかに、ゆっくりと言葉を紡ぐ声に、もう迷いは無い。
おもむろに花瓶を手に取ると、
まずはカスミソウを生けて微笑んだ。
ブーケや花束の名脇役と言われる花だが、
その花言葉はとても綺麗で。
『清らかな心』『幸福』『無垢な愛』。
全て、幼馴染に青年が与えられた物だった。
.....彼女が居なくなった世界で。
彼は、これからも全てを抱えて生きて行くのだろう。
その胸の中にある思い出を捨てて、
歩き出す事なんて出来ないから。
返事が返って来ないと、分かって居ても。
語りかけるような声音は、変わらないけれど。
過ぎ去った時間が戻せるのなら。
今は宛先の無くなってしまった言葉を、届けると。
彼は、涙ながらに呟く。
失ってから、手に入れたのは。分かったのは。
『当たり前に明日、同じ人に会える訳じゃ無いんだよ』
『もしかしたら、言えた事も言えなくなるかも知れない』
『だからね、私は...』
____後悔、したくないの。
自分を大切にしてくれる誰かを尊ぶ気持ち。
どんなに嬉しい事も、彼女と分かち合うからこそだった事。
いつの間にか青年の手には、
開かれた青いベルベットの箱が握られて居て。
プラチナのリングの縁が、キラリと輝く。
恋愛的な意味で渡される指輪には、
途切れぬ愛と言う意味が込められているのに。
渡したかった人は、もう世界の何処にも居ない。
コト、と静かな音を立てて指輪が置かれ。
カスミソウとスターチスを生けた花瓶が横に並んだ。
ピンク、黄色、紫...
3色のスターチスが風に吹かれ、優しい香りを青年に運ぶ。
『永久不変』。
『誠実』。
『しとやか』。
表し切れない想いが込もった花に、幼馴染は何を思うのか。
彼の左手の薬指にはペアリングの片割れが嵌められて居る。
後ろを振り返らずに前に進み始めた青年の瞳には。
悲しみを乗り越えた人特有の輝きが。
強く、強く宿って居た。
_______Fin,
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。