まだ底冷えする寒さが残る日。
いつものように病室を訪ねて居た俺に、
結唯はポツリと言った。
まるで、春を迎える前に死ぬ事を予測させる様な言い草で。
そんな未来は有り得ないと言う思いも込めて即答すると。
彼女は困ったような笑みを浮かべて。
柔らかく目を細めながら外を眺め、そう呟いていた。
もう長くないと分かって居たかも知れない結唯に
この会話をさせていたのだとすれば。
相当、辛かったはずなのに。
彼女はいつも通り笑って、俺を茶化した。
本当は誰よりも心配しているのに。
いざ本人を目の前にすると
素直になれない、俺の"嘘"を汲み取って。
誰が見ても面倒な性格を、良い性格だと褒めてくれた。
だから、まだ失えない。
自分の為に、結唯を消させない。
これが最後の悪足掻き。
結唯がそこに居ると言う確証も、場所さえ知らないのに。
勘が居ると告げて。
走って、走って。ただ走った。
本能が導いてくれる方に。
見慣れた姿が視界に映った途端。
自然に足が止まる。
まだ咲きそうに無い桜の木を見上げる
結唯の表情は、あまりに儚げで。
すぐに、声を掛けられなかった。
凛とした、覚悟を決めた目をするのは。
いつもは見せない顔をしているのは。
俺には背負ってやれない物を抱えて居るから。
後ろから、そっと近づいて行く。
その肩を叩く前に。
車椅子のタイヤを回して方向転換した結唯と、目が合う。
薄々分かっていたような顔で小さく笑う彼女に。
悪びれず、微笑み返して。
俺から見えない場所に行ってしまわないように。
そっと、抱き締めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!