それは、りっくんのこんな一言から始まった。
普段の彼との会話の中では聞き慣れない単語を
首を傾げながら呟く。
私の反応に、りっくんが驚いたように言った。
全くもってその通り。
申し訳なく思いながら手を合わせる。
ほんの少しだけ寂しそうに笑っているのが分かって。
また"作らせて"しまったと自己嫌悪に陥る。
普段大声を上げることのない私が突然大声を上げた
ものだから、りっくんは盛大にむせた。
慌てて背中をさすると、りっくんは笑う。
元気そうな様子に胸を撫で下ろしてから、
胸の前で小さく拳を握って宣言した。
恥ずかしくなる位に気合い入れちゃうよ、と
ウィンクする。
びっくりしたように目を見開く彼。
行かないとでも思ったのだろうか。
試合を楽しみにしている事が沢山伝わるように
そう言うと。
わずかに頬を赤く染め、柔らかい笑顔を見せてくれたりっくん。
作られていない笑顔だった事が嬉しくて、
私も穏やかな気持ちになる。
その内に、彼がとんでもない事を言い出した。
いい試合が出来なくてりっくんが怒られるのは嫌だと
伝え、行くのを本気でやめようとすると。
怖いくらいの真顔で手首をキュッと掴まれた。
冗談にも聞こえないその言葉に私は一瞬青ざめ、
それから深く頷いた。
彼氏の試合姿を見たくない彼女が存在するはずない。
その言葉に私は大きく目を見開いてー
それから尋ねる。
彼の口から飛び出したその"理由"は。
私を少しだけ怒らせるのには十分だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!