ダンススタジオでのレッスンから、
あっという間に2週間が経っていた。
大声で「好きじゃない」と言ってしまったせいで、
その日から変に意識してしまい、
私はあからさまに先輩を避けていた。
ちょうどテスト期間に入ったから、
というのを言い訳にして、レッスンはサボってるし、
送られてくるメッセージはすべて既読スルーしている。
避けているのは私の方なのに、
頭に浮かぶのは先輩のことばかりだった。
補習になったら、
先輩との放課後レッスンに行きたくても
行けなくなってしまう。
終業を知らせるチャイムが鳴って、
私はゆっくりと身支度を始める。
ぐるぐると迷っていると、
何やら廊下が騒がしくなっていく。
それは紛れもなく、
少し中性的で透き通るような先輩の声だった。
廊下で女子たちの嬉しそうな声が聞こえ、
私はドアの方にばっと視線を向ける。
思わずこの場から逃げたくなった。
ずっと避けていたせいもあるけど、
こんな冴えない私と先輩が喋ってるところを
見られたくない!
だけどそんな私のネガティブ思考とは関係なく、
彼はスタスタと机の前までやってくるとバン!と
机を両手で叩いた。
こんなに怒った顔の先輩、初めて見たかも。
そんな修羅場とも見える私たちに、
周囲の視線が集まる。
ギロリと周りに鋭い視線を送った先輩は、
おもむろに私の腕を掴んだ。
腕を掴む力から
「もう逃さない」という意思が伝わってくる。
観念して慌ててカバンを持つと、
先輩は私の腕を引っ張って足早に教室を出た。
下校の生徒で賑わう廊下、正面玄関、正門、通学路。
周りの目なんて全く気にならないのか、
先輩は私の腕を掴んだまま歩いてゆく。
何かを言いかけて、また先輩は黙ってしまった。
先輩はやっとこちらを振り返って、
安心したようにふわりと笑った。
うっ…!
心配をかけてしまったことへの罪悪感がすごい。
でも、それと同時になぜか
胸の奥がじわりと熱くなった。
ずっと昔、私がまだ幼くて
母が生きていた頃を思い出した。
私が転んだだけで
血相を変えて駆け寄ってきてくれたっけ。
先輩の家────!?
考える暇もなく、
気づけば先輩の暮らすマンションにたどり着いていた。
初対面のあの頃とは、状況は大きく違う。
意識している男性の家で2人きり!
そう考えると急にドキドキと鼓動が高まっていく。
必死に好きな気持ちにブレーキをかけてきたけど
家に2人きりなんて耐えられるだろうか。
先輩に玄関へと引き込まれ
私の後ろでバタン、とドアが閉まった。
・ ・ ・ え?
先輩の爆弾発言に
近所迷惑なほど大きな声を出してしまう。
からかうような笑顔とともに、
先輩から服を手渡された。
私は逃げ込むように洗面所へと駆け込んだ。
まだバクバクと忙しなく
音を立てる心臓を落ち着けようと深呼吸する。
好きになっちゃうじゃん!!
先輩から借りた服からは、
ほのかに先輩の香水の匂いがして、
着替えにはすごく時間がかかってしまった。
借りた服はこの前雑誌で見たような、
病みかわファッションだった。
黒いフリルのついたワンピースで、
オフショルで肩がちらりと見えるデザインは
大人っぽくて可愛い。
ネガティブ発言を遮るように先輩は言う。
諭すような言葉に、思い返してみる。
最初はただ「変わりたい」って気持ちだけがあった。
ネガティブな自分が嫌いだから、
それ以外の自分になれればいいって思ってた。
でも、今は違う気がする。
じわっと先輩の頬が赤くなっていき、
それにつられて私の頬も熱くなっていく。
恥ずかしさのあまり、
その後のことは何も覚えていない。
だけどやっと「なりたい自分」が見つかったんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!