第7話

Lesson3:なりたい自分
6,409
2022/10/14 12:53


ダンススタジオでのレッスンから、
あっという間に2週間が経っていた。

大声で「好きじゃない」と言ってしまったせいで、
その日から変に意識してしまい、
私はあからさまに先輩を避けていた。


ちょうどテスト期間に入ったから、
というのを言い訳にして、レッスンはサボってるし、
送られてくるメッセージはすべて既読スルーしている。

避けているのは私の方なのに、
頭に浮かぶのは先輩のことばかりだった。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(も~…私のバカ!
あんなこと言わなきゃ今まで通り
話せてたはずなのに…!
テストも集中できなかったし
今回絶対赤点だ…)

補習になったら、
先輩との放課後レッスンに行きたくても
行けなくなってしまう。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はぁ…どうしよう
今日は勇気出して裏門行くべきかな

終業を知らせるチャイムが鳴って、
私はゆっくりと身支度を始める。

ぐるぐると迷っていると、
何やら廊下が騒がしくなっていく。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ごめん、セイラいる?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
…え

それは紛れもなく、
少し中性的で透き通るような先輩の声だった。
女子生徒
セイラ?
あ、喜多川さんですか?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
そう、ちょっと用があってさ

廊下で女子たちの嬉しそうな声が聞こえ、
私はドアの方にばっと視線を向ける。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
やっと見つけた
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
ひっ!先輩!?
なんで1年の教室に!?


思わずこの場から逃げたくなった。

ずっと避けていたせいもあるけど、
こんな冴えない私と先輩が喋ってるところを
見られたくない!

だけどそんな私のネガティブ思考とは関係なく、
彼はスタスタと机の前までやってくるとバン!と
机を両手で叩いた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
わっ!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
逃げんなよ
ずっと避けてただろ?
連絡は既読無視するわ
放課後のレッスンもサボるわ
問題児だな、セイラ

こんなに怒った顔の先輩、初めて見たかも。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
ご、ごめんなさい
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
別に謝って欲しいわけじゃない

そんな修羅場とも見える私たちに、
周囲の視線が集まる。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
見せもんじゃねーぞ!

ギロリと周りに鋭い視線を送った先輩は、
おもむろに私の腕を掴んだ。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
サボった罰として、
今日は強制的に俺の練習に
付き合ってもらうから
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
ちょ、先輩!

腕を掴む力から
「もう逃さない」という意思が伝わってくる。

観念して慌ててカバンを持つと、
先輩は私の腕を引っ張って足早に教室を出た。



下校の生徒で賑わう廊下、正面玄関、正門、通学路。

周りの目なんて全く気にならないのか、
先輩は私の腕を掴んだまま歩いてゆく。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
あの…怒ってますよね
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
うん怒ってる
これからは避けるのはやめて
心配だから
それに、またお前が橋から…
何かを言いかけて、また先輩は黙ってしまった。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
もう避けません!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
絶対?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はい!絶対!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ふっ、ならいいよ

先輩はやっとこちらを振り返って、
安心したようにふわりと笑った。

うっ…!
心配をかけてしまったことへの罪悪感がすごい。

でも、それと同時になぜか
胸の奥がじわりと熱くなった。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
誰かに心配されるなんて…
久しぶり…

ずっと昔、私がまだ幼くて
母が生きていた頃を思い出した。

私が転んだだけで
血相を変えて駆け寄ってきてくれたっけ。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
セイラ?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
いえ…それより
今日はどこに行くんですか?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
俺んち
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
へ〜…って

先輩の家​────!?
考える暇もなく、
気づけば先輩の暮らすマンションにたどり着いていた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(あれ!?いつの間に!?
えっと前来たときは
どうしてたっけ!?)

初対面のあの頃とは、状況は大きく違う。

意識している男性の家で2人きり!
そう考えると急にドキドキと鼓動が高まっていく。

必死に好きな気持ちにブレーキをかけてきたけど
家に2人きりなんて耐えられるだろうか。

水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ほら早く

先輩に玄関へと引き込まれ
私の後ろでバタン、とドアが閉まった。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
じゃ、服脱ごっか?

・ ・ ・ え?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
ななななに
言ってるんですかああ!?
先輩の爆弾発言に
近所迷惑なほど大きな声を出してしまう。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ぷっ!あはははは!
やっぱりセイラは面白いな

からかうような笑顔とともに、
先輩から服を手渡された。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
この服に合わせたメイクをしたいから
着替えてきて
俺のお下がりだけど…
あ、洗面所はそっちね
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
またからかったんですね!?
先輩のバカ!

私は逃げ込むように洗面所へと駆け込んだ。


喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
 はぁ…はぁ…
落ち着け私の心臓…

まだバクバクと忙しなく
音を立てる心臓を落ち着けようと深呼吸する。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
 私みたいなヤンデレは
恋なんなしちゃダメなのに
なのに、これじゃどんどん…
好きになっちゃうじゃん!!

先輩から借りた服からは、
ほのかに先輩の香水の匂いがして、
着替えにはすごく時間がかかってしまった。




水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
やっと着替え終わった?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はい…でも
やっぱり服に着られてるみたい

借りた服はこの前雑誌で見たような、
病みかわファッションだった。

黒いフリルのついたワンピースで、
オフショルで肩がちらりと見えるデザインは
大人っぽくて可愛い。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
こんな可愛い服、
やっぱり私には…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
似合わないって思うなら
似合う自分になればいいじゃん

ネガティブ発言を遮るように先輩は言う。

水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
みんな「なりたい自分」には
そう簡単になれないよ
俺だってそうだし…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
貪欲に自分の理想を追い求めて
努力した者がやっと手に入れられるんだ
だからセイラはもっと「なりたい自分」に
真正面から向き合わないと。逃げないで
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
なりたい自分なんて…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
まだ、見つからない?
本当は胸の奥にあるのに
見ようとしてないだけだろ?

諭すような言葉に、思い返してみる。

最初はただ「変わりたい」って気持ちだけがあった。

ネガティブな自分が嫌いだから、
それ以外の自分になれればいいって思ってた。

でも、今は違う気がする。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
もう一度聞くけど、
セイラはどんな自分になりたい?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
わたし、私は…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
私は…!
先輩の隣に胸を張って立てるような
女の子になりたい…!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
…え!?
お、俺!?

じわっと先輩の頬が赤くなっていき、
それにつられて私の頬も熱くなっていく。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(嘘、今の口に出てた…!?)

恥ずかしさのあまり、
その後のことは何も覚えていない。


だけどやっと「なりたい自分」が見つかったんだ。






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