ほんの出来心だった。
気づけば、今にも橋の下に飛び降りようとしている
女の子を助けてしまっていた。
その子の顔が俺の求めていた理想の顔だったから。
でも、目の前で死なれたりなんかしたら
たまったもんじゃないってのが本音。
玄関で帰り支度をするセイラの表情が
徐々に曇っていく。
頑張って作ったような笑顔。
そんな顔似合わないのに。
とっさの行動だったけど、
あの時飛び降りるのを止めて良かったんだろうか。
目の前で死なれたら寝覚めが悪いってのは、
完全に俺のエゴだ。
彼女は全てを捨てて
楽になりたかったのかもしれないのに…。
そう言ってまた彼女の手首を掴んでいた。
我ながら苦しい言い訳だったけど、
セイラはなんの疑いも持たず信じてくれたみたいだ。
────時刻はちょうど夜の8時。
カップ麺はお手軽すぎて、
どうやら時間稼ぎには役に立たなかったらしい。
飛び降りようとしていた理由を
聞こうか聞くまいか悩んでいた時、
沈黙を先に破ったのは彼女の方だった。
俺はローテーブルの引き出しから
とある雑誌を取り出して、セイラに渡した。
何を隠そう、俺の父親は海外を飛び回るほどの
有名ファッションデザイナーで、母親もそれに引けを
取らない人気のメイクアップアーティストだ。
それは俺がまだ5歳の頃。
───────
─────
当時、あまりにも忙しく共働きだった両親は、
幼い俺をよく仕事場に連れて行った。
そのせいか、忙しなく飛び回る両親よりも
メイク室で話し相手になってくれる
モデルさんの方が好きだった。
モデルさんは目を真っ赤に腫らして
泣きべそをかいていた。
そう言ったモデルさんは母の手によって
誰よりも綺麗に輝いていった。
カメラの前に立ってポーズを取る彼女は、
さっきまで泣いていた人とは全くの別人に見えた。
胸を張り前を向いた表情からは
誰にも負けない強い意思を感じる。
その顔を見た瞬間、
俺の胸の奥からグワッと何か熱いものが湧き出てきた。
そう言って誇らしげにウインクした母の顔が
今でも忘れられない。
─────
───────
不安そうにそう聞いてくるセイラに、
なんて答えるべきか悩む。
俺の理想の顔を持っているって理由もあるけど、
傷ついた心も救いたいって思ってしまったから。
これも完全に俺のエゴだけど。
そう言うとセイラは顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
念を押すようにそう尋ねると
真剣な目で見つめられ、少しドキッとする。
その真剣な表情に、
また胸の奥からグワッと熱いものが
込み上げてきた───。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。