第4話

魔法使いになりたい理由 side:水瀬
3,928
2022/09/26 14:44


ほんの出来心だった。

気づけば、今にも橋の下に飛び降りようとしている
女の子を助けてしまっていた。

その子の顔が俺の求めていた理想の顔だったから。

でも、目の前で死なれたりなんかしたら
たまったもんじゃないってのが本音。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
靴ちょっと大きいけど
これで帰れる?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
あ…はい
また学校で返しますね

玄関で帰り支度をするセイラの表情が
徐々に曇っていく。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
大丈夫?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はい!
今日はありがとうございました!

頑張って作ったような笑顔。
そんな顔似合わないのに。

とっさの行動だったけど、
あの時飛び降りるのを止めて良かったんだろうか。

目の前で死なれたら寝覚めが悪いってのは、
完全に俺のエゴだ。

彼女は全てを捨てて
楽になりたかったのかもしれないのに…。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
待って!
やっぱりもうちょっと
家にいなよ

そう言ってまた彼女の手首を掴んでいた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え?いいんですか?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
あー…実は今日で賞味期限が切れる
カップ麺があってさ

我ながら苦しい言い訳だったけど、
セイラはなんの疑いも持たず信じてくれたみたいだ。




​────時刻はちょうど夜の8時。

カップ麺はお手軽すぎて、
どうやら時間稼ぎには役に立たなかったらしい。


飛び降りようとしていた理由を
聞こうか聞くまいか悩んでいた時、
沈黙を先に破ったのは彼女の方だった。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
先輩はどうしてメイクの練習を?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
メイク?
あ、そっかちゃんと
言ってなかったっけ…
俺には、夢があるんだ
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
夢…?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
うん、両親を超えること

俺はローテーブルの引き出しから
とある雑誌を取り出して、セイラに渡した。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
海外のファッション雑誌ですか?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ああ、これが俺の父親で
これが母親

何を隠そう、俺の父親は海外を飛び回るほどの
有名ファッションデザイナーで、母親もそれに引けを
取らない人気のメイクアップアーティストだ。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
小さい頃から両親の
仕事場に連れて行かれて
この目でその技術を見てきたんだ
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
すごい…!
ご両親とも海外で
活躍してるんですね
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
子供のことなんて全く気にかけない
仕事バカの両親だけどさ、
憧れずにはいられなかった…

それは俺がまだ5歳の頃。


​───────
​─────
当時、あまりにも忙しく共働きだった両親は、
幼い俺をよく仕事場に連れて行った。

そのせいか、忙しなく飛び回る両親よりも
メイク室で話し相手になってくれる
モデルさんの方が好きだった。
モデル
ねえ聞いてよ~アタシの彼氏
また浮気したのよ…
ミズキ
うわきって何?
モデル
浮気って言うのはね、
大好きな人が別の女の人を
選ぶことよ…
あ~~自分で言ってて
悲しくなってきた…ぐすっ

モデルさんは目を真っ赤に腫らして
泣きべそをかいていた。
母親
ほら、泣かない!
それ以上目腫らしたら
メイクしてあげないわよ
モデル
やだやだ!
浮気相手より綺麗になって
絶対見返してやるんだから!

そう言ったモデルさんは母の手によって
誰よりも綺麗に輝いていった。

カメラの前に立ってポーズを取る彼女は、
さっきまで泣いていた人とは全くの別人に見えた。

胸を張り前を向いた表情からは
誰にも負けない強い意思を感じる。


その顔を見た瞬間、
俺の胸の奥からグワッと何か熱いものが湧き出てきた。
母親
ミズキ、もっと後ろで見てなさい
ミズキ
おかあさん!アレどうやったの?
どうしたらあんなに綺麗になるの?
母親
ふふ…!ビックリした?
お母さんはあの子に魔法をかけたの
メイクという魔法をね!

そう言って誇らしげにウインクした母の顔が
今でも忘れられない。



​─────
​───────

水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
 俺も誰かの心まで救えるような、
そんなメイクがしてみたい…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
いや、なんでもない
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
あの…今更ですけど
どうして私なんですか?
メイクの練習なら
他の人でもよかったんじゃ…

不安そうにそう聞いてくるセイラに、
なんて答えるべきか悩む。

俺の理想の顔を持っているって理由もあるけど、
傷ついた心も救いたいって思ってしまったから。

これも完全に俺のエゴだけど。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
正直、原石だって言われても
ピンと来なくて…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
う〜ん、そうだな…
最近自分の顔にメイクするのも
飽きてきてたんだ…
それになんてったって
セイラの顔が理想だからな…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
っ…!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
まあもう約束は約束だし
今更なかったことには
できないから、よろしく!

そう言うとセイラは顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
もう遅いしそろそろ帰る?
俺、家まで送ってくよ
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
そ、そんな!
そこまでしてもらうのは
さすがに申し訳ないです!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
でも、一人で帰れる?
もうあんなことしない?


念を押すようにそう尋ねると
真剣な目で見つめられ、少しドキッとする。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
私、変わりたい…!
今日先輩に会って
初めてそう思えたんです
だからもうあんなことはしません!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
そ、そっか…!
ならよかった…

その真剣な表情に、
また胸の奥からグワッと熱いものが
込み上げてきた​───。



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