「ちょっとメイク落としてくる」
そう言って、床に落ちたウィッグを拾い上げながら、
彼女…いや彼は洗面所へと消えていった。
私は現状が飲み込めず、その場で呆然とする。
綺麗な女の人が、実は男の人だった…?
ど、どういうこと!?
突然後ろからさっきより低い声が聞こえて振り返る。
メイクを落として服まで着替えたその姿には
見覚えがあった。
その名も水瀬ミズキ、高校3年生。
その端正な顔とスタイルの良さから男女ともに
人気を集め、もし校内にイケメンランキングがあるなら
3本の指に入る程の逸材だ。
1年生のうちのクラスにも熱狂的なファンがいる。
特にその話には興味がないのか、
それ以上何も言わずに先輩は私をじっと見つめた。
やっぱりクラスの女子が騒ぐだけあるなぁ。
メイクなしの素肌にも毛穴一つなくて、
長いまつ毛は瞳に影を落としている。
そのせいか、どこかアンニュイな雰囲気を
醸し出している。
それに、意識して見てみるとどう見ても男の人だ。
首筋、手首、そして少し骨ばった手に喉仏。
思わず見惚れていたことに気づいて、
慌てて目を逸らした。
びっくりした…!
私のことかと思って、危うく恋に落ちるところだった。
いたずらっぽく笑う笑顔に、また心臓が跳ねる。
あ、危ない…!
このままじゃ知らないうちに恋に落ちゃう…!
そう言い聞かせて、慌てて恋心を軌道修正する。
ヤンデレに恋は向いてないんだから。
私は慌てて当たり障りのない自己紹介を済ませた。
先輩の少し不安そうな顔に、思い切り頭を横にふる。
半ば強制的に放課後の約束を取り付けられてしまった。
強引だけど不思議と悪い気はしなくて、
なんだか胸がソワソワした。
あまりの恥ずかしさに頬がカッと熱を帯びる。
その熱くなった頬に、突然先輩の手が優しく触れた。
突然のことに思考は停止。
水瀬先輩の澄んだ瞳に見つめられ、
息をするのも忘れてしまう。
キメ顔で謎のキザなセリフとオヤジギャグを
かましてきた先輩に、思わず吹き出してしまった。
おかげでさっきまでのいい雰囲気はぶち壊しだ。
でも大丈夫、これなら恋には落ちない。
完全に油断していた。
ストレートな先輩の言葉は、
恋の矢みたいにトスッと私の心に刺さった気がした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。