第5話

Lesson1:自分を好きになる
8,258
2022/09/30 13:40

約束の次の日から、
さっそく2人きりの「放課後レッスン」が始まった。

待ち合わせ場所は校舎の裏門。

この裏門は夜遅く帰宅する野球部くらいしか
通らない、学校の穴場なのだ。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
待った?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
うわあ!
突然後ろから声をかけられて体が跳ねた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
せ、先輩…
お疲れ様です
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
おつかれ

そう言ってにこっと笑う制服姿の先輩は、
やっぱりどう見てもうちの学校の人気者「水瀬ミズキ」
その人だった。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
本物だ…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
何その感想、変なの

あまり実感がなかったけど、
私もしかしてとんでもない有名人と
放課後を過ごすことになっちゃった…!?

今日だってクラスの女子が校庭を走る先輩を見て
キャーキャー言ってたし…。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
セイラ?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
そうだ、これ!
ありがとうございました!

私は慌てて昨日借りて帰った先輩の靴を返す。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ちゃんと帰れたんだ?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はい
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
家の人、心配してなかった…?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
あ…それは…
ないので大丈夫です

だって私は、家じゃまるで空気みたいだから。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
……?そっか
てか、下向くの勿体ない

先輩はうつむいた私の頬をムギュッと片手で掴んで、
強引に上を向かせた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
な、なにひゅるんですか!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
まだそのダサいメガネしてんの?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
やっぱり一回のメイクじゃだめか…
俺の腕もまだまだだな…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
なんでもない!
ほら、早く行くよ?
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え?行くってどこに?




連れてこられたのは駅に一番近い、大きな本屋だった。

喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
本屋さん?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
昨日、変わりたいって言ってたからさ
まずはセイラが目指す
「なりたい自分」を探してみて
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
「なりたい自分」…
それが、実は良くわからなくて
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
だと思った
だからここに連れてきたんだよ
本屋にはみんなの「理想」が
いっぱいあるんだ

そう言って、女性向けファッション雑誌コーナーへと
私を引っ張っていく。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
ここから選べばいいんだ
セイラが好きなのはどれ?
ほら選んでよ
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
例えば、こういうボーイッシュ系?
それともちょっと大人なセクシー系?
あとは…あざと可愛い系?

先輩は女性向け雑誌の前でも物怖じせず、
パラパラと雑誌をめくりつつ説明してくれた。

そんな先輩の姿を女性客が興味ありげに
チラチラと本棚の隙間から覗き見ている。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(きっと先輩がかっこいいから…)
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(こんな私が隣にいてもいいのかな?
 恥ずかしくないかな…?
先輩に迷惑かけちゃうんじゃ…)
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
セイラ、周りなんか気にしないで
俺のことだけ見て
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
!?

またうつむいていたのか、
顔をあげると先輩がこちらを見つめていた。

先輩の透き通った瞳を見ると、
まるで時が止まったかのように周りの音が消えていく。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
なんか俺、
今恥ずかしいこと言ったかも

じわっと頬が薄い桃色に染まっていくのを見て、
くすりと笑ってしまう。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
なんですか、それ!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
あーー…とりあえず仕切り直し!
ほら、これとか似合いそうだと
思うんだけどな〜

先輩がひょい、と棚から新しい雑誌を
引き抜いて開いた。

そこには黒とピンクをベースにしたフリルの可愛い服
が写っていた。

甘めな可愛い印象と少し危険なダークな印象が
ミックスしていて、思わず見惚れてしまう。

モデルさんはカラフルなバンソーコーや、
注射器、お薬など少し病み要素のある小物を
組み合わせていて、思わず興味をそそられた。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
可愛い…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
なるほど、セイラは
こういう系が好きなのか
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
夢かわ?いや、病みかわ系?
地雷系とか呼ばれてるけど、
俺はこの呼び方好きじゃないんだよな~
地雷ってなんだよ、地雷って…

雑誌を見ながらブツブツと独り言を言う先輩。

思わず「可愛い」なんて口走っちゃったけど、
多分私には似合わないと思う。

だって…。
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
私、地味だし

思わず口に出してしまってハッとする。

喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
すみません!
変わりたいって言ったのに、
面倒くさいですよね、私…
あの、先輩のメイクの練習の方を
優先してください!
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
これでも優先してる
つもりだけど
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
そうなんですか?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
俺はただメイクの練習が
したいわけじゃないよ
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
セイラのなりたい自分に
「変身」させてあげることが
一番のメイクだと思ってるから
先輩は真剣な顔でそう言った。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
でも…
なりたい自分を探すのは
ちょっと早かったみたいだね
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
え…

その言葉を聞いた途端、
まるで突き放されたように感じて心がざわつく。


やっぱり私、間違えた…?

先輩には迷惑ばかりかけている気がするし。

こうしてまた落ち込んじゃうネガティブな自分は
大嫌いなはずなのに、どうして、どうしていつも
私は……。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
はぁ…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
ごめんなさ…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
あれ?
またなんか勘違いしてない?
ほら、行くよ!
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
えっ!?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
セイラはまず自分のことを
好きにならないとね
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
えっあの、手…!

私の手はいつの間にか、
先輩の少し大きな手にぎゅっと握られていた。

先輩は繋いだ手をそのままにスタスタと先を歩く。

私はただドキドキと無駄に
速くなっていく鼓動を抑えるのに精一杯だった。
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
そうだな~
自分の好きなところを
10個見つける!
まずはこれを宿題にするね
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
10個も!?
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
簡単でしょ?
俺だったら今すぐに
言えるけど
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
先輩はかっこいいから…
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
は?俺?違うって
セイラの好きなところを
今ここで言えるって
言ってんだけど
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
はい!?す、好き…!?

そこからは先輩による、怒涛の褒め殺しが始まった。

水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
まず、鼻が小さくて可愛い
黒目も大きくて澄んだ瞳だし、
キレイなアーモンド型だよね
水瀬 ミズキ
水瀬 ミズキ
それに鎖骨のホクロはセクシーだし、
髪の毛も艶があって羨ましいな
それに口角がきゅっと上がって見えるから
唇もチャームポイントだし、それに…
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
そ、それ以上は…!

顔から火が出るほど恥ずかしい。

鎖骨のホクロなんて
自分でも気づかなかったのに…!

それに、手だって握られたまんまだし、ずるいよ!
喜多川 セイラ
喜多川 セイラ
(こんなの、こんなの…!
 恋に落ちない方が難しいでしょ!)

私は心の中で、人知れず叫んだ。



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