約束の次の日から、
さっそく2人きりの「放課後レッスン」が始まった。
待ち合わせ場所は校舎の裏門。
この裏門は夜遅く帰宅する野球部くらいしか
通らない、学校の穴場なのだ。
突然後ろから声をかけられて体が跳ねた。
そう言ってにこっと笑う制服姿の先輩は、
やっぱりどう見てもうちの学校の人気者「水瀬ミズキ」
その人だった。
あまり実感がなかったけど、
私もしかしてとんでもない有名人と
放課後を過ごすことになっちゃった…!?
今日だってクラスの女子が校庭を走る先輩を見て
キャーキャー言ってたし…。
私は慌てて昨日借りて帰った先輩の靴を返す。
だって私は、家じゃまるで空気みたいだから。
先輩はうつむいた私の頬をムギュッと片手で掴んで、
強引に上を向かせた。
連れてこられたのは駅に一番近い、大きな本屋だった。
そう言って、女性向けファッション雑誌コーナーへと
私を引っ張っていく。
先輩は女性向け雑誌の前でも物怖じせず、
パラパラと雑誌をめくりつつ説明してくれた。
そんな先輩の姿を女性客が興味ありげに
チラチラと本棚の隙間から覗き見ている。
またうつむいていたのか、
顔をあげると先輩がこちらを見つめていた。
先輩の透き通った瞳を見ると、
まるで時が止まったかのように周りの音が消えていく。
じわっと頬が薄い桃色に染まっていくのを見て、
くすりと笑ってしまう。
先輩がひょい、と棚から新しい雑誌を
引き抜いて開いた。
そこには黒とピンクをベースにしたフリルの可愛い服
が写っていた。
甘めな可愛い印象と少し危険なダークな印象が
ミックスしていて、思わず見惚れてしまう。
モデルさんはカラフルなバンソーコーや、
注射器、お薬など少し病み要素のある小物を
組み合わせていて、思わず興味をそそられた。
雑誌を見ながらブツブツと独り言を言う先輩。
思わず「可愛い」なんて口走っちゃったけど、
多分私には似合わないと思う。
だって…。
思わず口に出してしまってハッとする。
先輩は真剣な顔でそう言った。
その言葉を聞いた途端、
まるで突き放されたように感じて心がざわつく。
やっぱり私、間違えた…?
先輩には迷惑ばかりかけている気がするし。
こうしてまた落ち込んじゃうネガティブな自分は
大嫌いなはずなのに、どうして、どうしていつも
私は……。
私の手はいつの間にか、
先輩の少し大きな手にぎゅっと握られていた。
先輩は繋いだ手をそのままにスタスタと先を歩く。
私はただドキドキと無駄に
速くなっていく鼓動を抑えるのに精一杯だった。
そこからは先輩による、怒涛の褒め殺しが始まった。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
鎖骨のホクロなんて
自分でも気づかなかったのに…!
それに、手だって握られたまんまだし、ずるいよ!
私は心の中で、人知れず叫んだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。