川から身を投げようとしていた私は、
いつの間にか綺麗なお姉さんに抱きとめられていた。
むぎゅっと頬を両手で挟まれてお姉さんの
興味津々な顔が目の前まで近づく。
くっきりとした二重に、長いまつげ。
毛穴なんて一切ない透明感のある白い肌に、
華やかに色づくリップ。
その唇はぷっくりと艶めいていてセクシーだ。
そして華やかでミステリアスな香水の香りが
鼻をかすめ、心臓がトクリと音をたてた。
綺麗な顔とは少しギャップがある
中性的でハスキーな声。
強引に握られた手は女の人にしては力強くて、
なぜかときめいてしまう。
そう言って足元を指差すお姉さん。
そうだった…!
私、靴も履かずにここまで走ってきたんだ。
そう言って手を引かれ、
私は渋々着いていくことにした。
不思議と包み込まれるように握られた手の温もりに、
なぜかほっと心が落ち着いた。
────とあるマンションの一室。
招かれたのは、清潔感のある1Kのお部屋。
消して派手ではないけれど
洗練された家具が並んでいる。
女の人にしては随分落ち着いていて、
甘くないシックな雰囲気。
そして、一際目立つのは部屋の隅に置かれた
オシャレなドレッサー。
大きな三面鏡がついている。
言われるがままドレッサーの椅子に座ると、
いつも見ている自信のない私が鏡に映し出された。
ぱっとしない冴えない顔。
こんな自分、可愛いくて愛嬌のあるお姉ちゃんには
到底勝てっこない。
お姉ちゃんと彼氏の衝撃的なシーンを思い出して、
また真っ黒な感情が心を飲み込んでいく。
パタンと3面鏡が閉じられた。
そう言ってお姉さんはドレッサーの引き出しを
勢いよく開けた。
そこには色とりどりのメイク道具が
綺麗に収納されている。
スーパーで売っているプチプラコスメから
高校生では手の届かない高級なデパコスまで
全てが揃っていた。
お姉さんはそう言ってこちらの了承も得ずに、
あっという間にメガネを取り払う。
お姉さんは私の顔を見てフリーズした。
メガネがないと視界がぼやけて、
お姉さんが何を考えているのか分からない。
自分で言ったくせに、なぜか涙が滲んでくる。
想像もつかなかった返答に涙が引っ込んだ。
可愛いなんて今まで誰にも言われたことがなかった。
それが例えお世辞でも、こんなにも嬉しいんだ…。
ぐっと顔が近づき、ドキリと心臓が跳ねる。
私はメイクが終わるまで
ひたすら胸のドキドキを鎮めるのに集中した。
────そして数十分後。
キーっと音を立てて鏡の前の扉がゆっくりと開く。
ぐっと鏡に近づくと、そこに映っていたのは
華やかで可愛い一人の女の子だった。
目をパチクリと開き、こちらを見ている。
冴えなかった目元がくっきりと大きくなり、
長いまつげが綺麗な束感でカールしている。
涙袋も派手すぎず、それでいて存在感を増し
目がちゅるんと潤んで見える。
艶のある肌に、ピンク色に染まる頬はどこか
あどけなさを演出している。
そして極めつけはぷっくりと艷めく唇。
思わずキスしたくなるような潤いと色気を感じた。
私なのに、私じゃないみたい。
まるで別人に生まれ変わったかのように、
心がワクワクする。
さっきまで真っ暗だった心が、
なぜか自然と明るくなって気分も軽くなっていく。
自分の顔を誰かに見せたいと思ったのは初めてだった。
ニコッと歯を見せて笑うお姉さん。
この人のおかげで、新しい私に出会うことができた。
キラキラ輝く綺麗な顔がグッと近づいて、
また心臓がトクリと跳ねた。
ん?待って…あれ?
さっきから引っかかっていた違和感の正体に気づく。
恐る恐る顔を上げると、お姉さんはニコッと笑った。
そういたずらっぽく笑うと、
長い黒髪のウィッグがぱさりと床に落ちた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。