べチャリ。
さっき作ったばかりの
スクランブルエッグが床に落ちた。
ううん、正しくは「落とされた」かな。
私は喜多川セイラ、高校1年生。
幼い頃にお母さんが病気で他界し、
中学2年の時にお父さんが再婚した。
その日を境に義理の母と姉から、
毎日こうして陰湿ないじめを受けている。
お父さんは仕事ばかりで私が
2人にいじめられていることには全く気づいていない。
言ったって、どうせ信じてくれないだろうけど。
断ったらどうなるかなんて、痛いほど分かってる。
だから私は頷くことしかできない。
そう言って手伝ってくれたことは一度もない。
本当にこの親子は厄介だ。
義理の母は「完璧な母親」を演じる為、
ホームパーティーを頻繁に開いては自慢の娘を褒め、
血の繋がっていない私はまるで召使いのように扱う。
それに義理の姉は───。
頭を振って無理やりネガティブな考えを追い出した。
それに、私には心強い味方がいるから大丈夫。
決して派手ではないけど、
私に屈託のない笑顔を向けてくれるのは
クラスメイトの佐々木くん。
毎晩電話で相談にのってくれたり、
卑屈でメンタルの弱い私を慰めてくれたりする、
初めての彼氏だ。
そう、今日は初めての彼を家に招く一大イベントの日。
放課後に一緒に宿題をするという名目だけど、
なんだかドキドキする。
そう言って佐々木くんは耳を赤くして
早足で教室へ入っていった。
なんて。
──── キーンコーンカーンコーン。
あっという間に日は暮れて、
授業終わりのチャイムが鳴った。
緊張しつつも2人で並んで家へと向かう。
玄関の鍵を開けようとしたその時、
ガチャリとドアを開けたのは義理の姉だった。
端正な顔立ちに、人好きのする愛嬌のある笑顔。
道ゆく人は誰だって振り返る美少女、
それがお姉ちゃん。
私にも見せたことのないような真っ赤な顔で
義理の姉に挨拶をする彼。
なんだか胸がざわざわして、
私は慌てて佐々木くんの手を引っ張った。
お姉ちゃんは危険だ。
だって今まで、私の好きになった人たちはみんな
お姉ちゃんの綺麗な顔と愛嬌のある笑顔に
一目惚れしたんだから。
そんなネガティブな考えがよぎって
急いで彼を部屋に引き入れ、ドアを閉めた。
キッチンに向かい、朝仕込んでおいた
冷たい麦茶をコップへと注ぐ。
さっきの佐々木くんの反応、変だった。
もしかしてお姉ちゃんのこと…。
そう言い聞かせて不安な心を落ち着かせる。
深く深呼吸して、
お盆を持ってゆっくりと部屋へと戻った。
でも、女の勘は怖いほど当たるってことを
私はすっかり忘れていたんだ。
ガッシャーン!
お盆がするりと手から滑り落ち、コップが割れた。
あまりにも衝撃的な光景を見ると、
人は全身の力が抜けちゃうみたい。
目に映ったのは、佐々木くんがお姉ちゃんを
ベッドに押し倒している光景だった。
それも私のベッドに。
声が思うように出ない。
そう言ってニヤリと笑うお姉ちゃん。
普段の清楚な印象からは想像できない
まるで牙を向いた女豹のような顔。
佐々木くんへと視線を移すと、
彼は気まずそうに私から目をそらした。
そう言ってお姉ちゃんは細くてしなやかな
白い腕を佐々木くんの背に回した。
これ以上、何も見たくない。
これ以上、何も聞きたくない。
これ以上、私から何を奪うつもりなの?
私はその場から逃げるように家を飛び出した。
靴も履かずに固いアスファルトを走る。
行く宛もなく、ただひたすらに逃げ出したかった。
日が暮れて街に明かりが灯り始める頃、
私はとある橋にたどり着いた。
大きな橋の下には川が流れ、海まで続いている。
ここから身を投げれば、楽になれるのかな。
天国にいるお母さんに会えるのかな。
この世界も、ネガティブな自分も大嫌い。
この世に私の味方なんていないし、
私を必要としてくれる人なんていない。
ならもういっそ、全部終わらせよう。
楽になりたいから───。
ぐいっと強い力で腕を引かれ、
誰かの胸に抱きとめられた。
見上げると、目を見張るほど綺麗な女の人が
私を抱きしめていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。