第9話

【生活5日目】お別れだよ、ご先祖様。
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2021/08/25 15:00
「はぁぁぁぁ……」
 ベッドに寝転がりながら、大きくため息をつく。
 たくさん騒いで遊び疲れたはずだが、いっこうに眠れる気配がない。
 何となく心がざわざわとして落ち着かなくて、せっかく目を閉じてもすぐに開いてしまう。
 そう言えば……ダイニングにずっと明かりがついている。まだ、起きているのだろうか……。
 扉を開けて向こうを覗くと、音に気づいたのか、椅子に座っていたアウストゥード様がゆっくりとこちらを振り向く。
「おぉ、どうした。眠れぬのか?」
「はい。何となく、落ち着かなくて……」
「うむ。眠れる時に眠るのが一番じゃ。例え授業中であってもな」
「え?」
 大魔法使いの口から出たとは思えない意外な言葉に、思わず笑い声が漏れてしまった。
「どうした? この期に及んで、まだわしをお堅いヤツだと思っておるのか?」
「確かに、これまでアウストゥード様の自由奔放さには散々振り回されましたけど……。大魔法使いと呼ばれる方なので、根は真面目なのかなと……」
「いやいや。わしは、課題をたくさん忘れ、試験で何度も酷い点数を取り……追試になったこともある。おっと、これ以上言うと夢が壊れるかの?」
「いえ。アウストゥード様もそういうことがあったんだなって……」
「そうじゃ。わしは、普通の、人間だったのじゃ……」
 しばらく、沈黙が流れる。


「少し、昔話をしよう」
 私は、黙って頷いた。ちらりと見えたアウストゥード様は、どこか遠い目をしていた。
「わしが古代魔術を応用して魔法を作り出そうと思ったのは、人々の生活を便利にしたかったからじゃ。皆が幸せになるように。そんな思いで研究を進めておった。しかし、魔法が広まり始めると、私利私欲のために悪用する奴がたくさん現れた。人間同士の戦争もあった。わしは、それが悔しくてたまらなかった。魔法を作り出してしまったことを、どれほど悔やんだじゃろうか……」
 授業でも、少し聞いたことのある話だった。でも、本人から語られるそれは、重みが段違いだった。
「アウストゥード様」
 私は、思わず口を開いていた。
「今、世界は平和です。我々、後の時代の人間達は、そういった過去から学び、魔法が人々にとって便利なものになるように様々なことを取り決めました。だから今では、魔法は人々の生活にとても役立つものになっています」
「そのようじゃのう。お主としばらく共に過ごした訳じゃが、随分と穏やかで楽しい日々じゃったのう。町の様子ものどかで、心地よかった。天上の者たちにも、伝えねばのう」
 まるで、もうすぐ別れの時が近づいている。そんな口調だった。どうして、そんなに、悲しい声色で話をするのだろう……。
 ふと、私はあることに気づき、はっと息を飲んだ。
「アウストゥード様……。体が……」
 金色の光が、アウストゥード様の周りに現れる。
 そして、その光が強くなるほどに、体が透けていっている。
「おや……。もうそんな時間か。そろそろ日付が変わってしまうようじゃ。お主、色々面倒をかけたのう」
 今日……つまり、誕生日が終わってしまうと、アウストゥード様は天上に戻ってしまうということ……?
 マイペースさには色々苦労させられたけど、なんだかんだで、いなくなってしまうのはとても寂しい。でも、受け入れないと。
「最後に、これだけ聞かせてくれぬか? お主――ハルの夢は、何じゃ?」
「魔法使いを、目指しています。先ほど、世界は平和だと言いましたが、まだ、色々な理由で困っている人がいます。だから、私は――」
 もう、姿はほとんど見えなくなってしまった。だから、私は最後に、思いをぶつける。
「みんなを幸せにできるような、魔法使いになります――!」
 そう叫び終わった瞬間、光が、ふっ、と消えた。明かりのついたダイニングには、私だけが立っている。
 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

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