私から離れる寸前、周りには聞こえないくらいの小さな声で呟かれた言葉に、私の胸はドンドコ太鼓のようにうるさく暴れ出す。
なんのために連絡先を交換したのか、この男……分かってる??
何でわざわざリスクを犯して声に出すのよ!
そういうことはLIMEしてよね!
なんて、声に出しそうになるのをすんでのところでグッと堪える。
……もう、人の話を聞け!!
でも良かった、なんとか茉由佳にはバレてないみたい……。
ホッと胸を撫で下ろす。
茉由佳はスーパー勘違いしてるみたいだけど仕方ない。
今は話を合わせておくのが最善!と、私も曖昧に微笑む。
あぁ、それにしても……動悸が治まらない。
もう絶対、茉由佳が泣こうがわめこうが芸能科にだけはついてこないんだから。
〜放課後〜
今日は珍しく完全オフらしい涼真の家に、晩ご飯を作りに来たのはいいけれど……
考えてみたら、お世話係になってから手料理を振る舞うのは実は初めてだったりする。
と言うのも、ご飯に関しては楽屋で弁当食ってきた!とか、外で済ませてきた!とか
いつも私が作るまでもなさそうだったから。
掃除や洗濯なんかは、基本2日に1度のペースで呼びつけられてるけどね。
テーブルの上に並べられた2人分のオムライスは、我ながら上出来だ。
両手を合わせて嬉しそうにオムライスを掬い上げた涼真に
不覚にもドキッとする。
『いただきます』だって……。
そういうの、ちゃんと言える人なんだ。
『美味い』って言葉が、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
涼真って、すごい嫌なやつだと思ってたけど……。
こうして私が作ったご飯を、美味しそうに食べてくれたり、それをちゃんと言葉にして伝えてくれたり……。
『ごちそうさま』と満足そうに笑ってくれた。
……なんだ、涼真って意外に可愛いとこあるじゃん。
〜20分後〜
オムライスを食べ終え、食器洗いをしながら
ふと、リビングのソファでテレビを見ている涼真に声をかける。
どれだけ話しかけても応答はなし。
私の声とテレビから聞こえる笑い声が虚しく部屋に響く。
洗い物を中断してリビングへと向かえば、
ソファが上で丸くなって眠る涼真の姿。
そんなことを思いながら、
私は寝室から持ってきた毛布をふわりと涼真にかけた。
テレビでは、ちょうど”nova”がバラエティ番組に出ているところだった。
───こうして今日もまた、お世話係の仕事を全うした私を誰か褒めて下さい。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。