となりで線香花火を見つめながらあなたがつぶやく
母ちゃんが死んでからもう10年以上の月日が流れた
あれからこの家で父ちゃんとふたりきりで暮らしてきた。
けど父ちゃんと過ごした時間なんてほとんどない
仕事の付き合いとか言って、
酒飲んで帰ってくるのはいつも夜中だった
俺のことはあなたの親にまかせっきりで
小さい頃も遊んでもらった記憶はない。
授業参観や運動会、学校行事は
いつも仕事だって言って
一度も来てくれなかった…。
別に寂しいとか悲しいとかそんなんじゃない。
生きていくために毎日必死に働いてくれてることもわかってる。
それでも時々思う。
俺のこと父ちゃんはどう思ってるんだろうって
あなたが持っていた線香花火。
オレンジ色の丸い火が地面に
ポトッと落ちた。
あなたは俺の服を掴んで微笑む
あなたは左手で前髪を押さえておでこを見せる
そして、ぎゅっと目をつぶった。
なぁ…あなた。
お前はなんで玲於がいいんだ…?
俺はあなたの頬にそっと手を伸ばした
目をつぶったままあなたが言った
あなたのやわらかい頬に手をあてる
目をつぶるあなたの顔を見つめた
玲於じゃなきゃダメなのか…?
俺じゃダメか…?
ゆっくりと顔を近づける
俺はあなたにキスをした_______
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!