今日は、特に仕事を振られることなく終えることができた。
良かった…。
時刻は17時。
まだ時間もあるし。
買い物でもして帰ろうか。
オフィスを出たところで、一応、シルクがいないかどうか、辺りを見まわし確認してみた。
うん、いない。
まだ仕事中かな??
そして、足を踏み出した、その時。
突然、声をかけられてビクッとする。
いつもは、もっと遅い時間のはず。
私の言いたいことが分かったのか、同期はニコッと笑いながら、その理由を教えてくれた。
朝、感じた空気のせいだろうか。
それとも、シルクに言われた言葉のせいだろうか。
冷や汗が止まらない。
一刻も早くこの場から離れないと…。
そう、思った瞬間に。
手首をガシッと掴まれた。
人当たりの良い笑顔で、伝えられる言葉。
でも、明らかに不穏な空気を感じる。
そして、何より。
その言葉に違和感を感じた。
手首が離された瞬間に、私は早歩きでその場から逃げた。
ヤバい。
本能が、逃げろと警鐘を鳴らしている。
思い返せば、昨日もおかしかったのだ。
彼が「あの発言」をした時に、おかしいと気づかなければならなかった。
"もうすぐ着くぞ"
"家の近くに不審者が出る"
私は、彼に一度も住所を教えたことがないのだから。
急いで地下鉄に乗り込む。
心臓がバクバクと不穏な音を立てる。
脳内で、先程の同期の言葉がリフレインされ続ける。
怖い…っ!!
身体をギュッと抱きしめる。
大丈夫。家に入ってしまうまでの我慢だ。
この時間だから、シルクは帰ってきていないかもしれないけれど。
とにかく、駅についたら、ダッシュしよう。
電車は、ゆっくりと最寄駅に到着する。
車両から降りて、改札を抜ける。
そして、走り出そうと足に力を入れた瞬間。
フワリと香水の匂いがした。
ゾワリと、身震いする。
その香りは、同期と同じ…
どうしよう…。
恐怖で、声が、でない…。
ハイネックから覗くキスマークを、指でなぞられる。
触るな!!!
そう、言いたいのに。
言葉が、でない。
周囲にはたくさん人がいるのに。
みんな、自分のことでいっぱいいっぱいで。
私たちに違和感を感じる人なんていなくて。
腕を引かれた瞬間。
涙が溢れた。
そして。
昨夜の。
キスマークをつけて嬉しそうに微笑んだ、シルクの笑顔が頭に浮かんだ。
私は、力の限り叫んでいた。
そこで初めて。
周りが何事だと振り返る。
何とか、隙を見つけて逃げようと駆け出す。
腕を再度掴まれかけるが、私は必死に抵抗した。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
全力で振り切った、
その時。
シルクの声が聞こえた。
シルクの姿が見えた途端、不安の涙は安堵の涙に変わる。
私は、力の限り走り、シルクに抱きついた。
それでも、震えは、止まらなかった。
私は首を縦に何度も振る。
"俺たち"?
シルクの言葉に、訳が分からず顔を上げる。
シルクは、優しく涙を拭ってくれた。
すると。
いきなり、Fischer’sの撮影が始まった。
周囲が一気に騒がしくなる。
メンバーに気づいた女子高生たちから、黄色い歓声があがった。
オープニングからのトークで、まさかの不審者の匂わせ。
何をする気なんだろう…と、不安な気持ちで見ていると。
シルクが、ニヤリと悪い顔で笑った。
聞き込みに行っていたのか、ザカオが戻ってきた。
ザカオの指が触れたことで、スマホのロック画面が表示される。
その壁紙には。
Fischer’sの様子から、異変を察した周囲の人たちも、ざわつき始める。
スマホを盗まれたことに、気がついたのだろう。
同期の彼が、スマホを取り戻すため、ザカオに向かって殴りかかろうとした。
え?と、シルクを見た一瞬で。
ザカオは軽く同期を避け、そのまま足を引っ掛けた。
その弾みで、同期は体勢を崩す。
そして。
その隙を見逃さなかった5人は、一気に取り囲んだ。
逃げられないよう、ンダホが押さえつける。
スマホをひらひらと見せながら、ンダホが話す。
みんな笑顔なだけに、それがまた一段と怖い…。
もちろん、最後の会話は、周囲には聞こえないよう配慮済みだ。
その言葉に、同期は抵抗することを諦めたようだった。
その後、到着した警察官によって、同期は連行されて行った。
すれ違いざまに、
と小さく呟いた言葉は、私だけでなく、シルクにも聞こえただろう。
結局、今回の騒動は、警察や駅員とも最初から連携済みだったようだ。
何も知らずに、その場に居合わせた人たちには、「自主映画の撮影」で押し通した。
本当、みんな無茶をする…。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!