一人で歩くと視線を感じるようになった。郵便受けには毎朝大量の封筒が入っている。鈍感な俺でもヤバいと気づき始めた。封筒はまだ開けられない。
達也くんの顔が浮かんだ。首を振った。
そう思ったけど、どれだけ経っても止むことはなかった。朝、ゴミ袋に封筒を放り込むのが日課になった。顔に出てるのか、達也くんはうちに来るたびに同じことを聞いてくる。
だって達也くんには関係ないでしょ。
言いかけてぐっと飲み込んだ。そんなこと言ったら気づいてほしいみたいじゃん。最近おかしい。絶対達也くんがうるさいせいだ。
そう言う達也くんはほんとに心配そうだった。この人は本当に俺を心配してくれているんじゃないかと思ってしまう。でも、今は本当だとしても、その心配が嘘になる日がいつか必ず来る。
ほだされちゃダメだ。期待は裏切られる。好意は永遠じゃない。
バレる前になんとかしたいのに、封筒も視線もなくならない。達也くんを思い出すことが増えた。封筒より視線よりそれが一番怖かった。
達也くんは今日も来る。
想像以上に大きい声が出て我に帰った。達也くんはすごく悲しそうな顔をした。
それだけ言って達也くんは帰った。達也くんがこんなに早く帰るのは初めてだった。彼の背中を追いかけそうになって、はっとして足を止めた。ずっと帰ってほしいと思っていたのに、引き止める必要がどこにある。
その日から達也くんが「何かあったか」と聞いてくることはなくなった。それでもうちには来てくれた。夜布団に潜るたびに、「明日は来ないかもしれない」と思う。以前はそうであってほしいと思っていた。今はわからない。自分の気持ちがわからない。
思えば、ここ数ヶ月ずっと、俺の隣には達也くんがいる。
隣に座る達也くんの体温が、無意識のうちに彼の名前を呼ばせた。
優しい笑顔を見て泣きたくなった。達也くんの温かさを拒んだのは俺なのに、いまさら頼る資格なんてないと気づいた。きっと達也くんもそう思っているはずだった。なのに、なぜこんなに優しい顔をするんだろう。
もう一度だけでいいから、「何かあったの」って聞いてほしかった。もう嘘でもいい。本当は心配してなくてもいい。神様、俺にチャンスをください。
いくら願ったって達也くんは聞いてはこなかった。そりゃそうだ、当たり前だ。自分から切り離したんだ。
そして朝が来る。郵便受けを開けるたび、言えばよかったって後悔するんだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。