撮影からの帰り道、急に太我に話しかけられた。
喧嘩以来プライベートじゃほとんど話してなかったから、びっくりした。
それは俺がずっと求めていた言葉だった。まさか太我に言われると思ってなかったから、すぐには言葉が出なかった。俺の返事を待たず太我は続けた。
太我の言葉が胸に刺さった。太我は別に俺が心配なんじゃないんだ。
何それ、誰が決めたの。なんで太我が俺のこと決めるの。そりゃ悩みなんかないようなフリするよ。だってみんなが思う矢野晴人って常に笑顔でしょ。それに俺の話なんかどうせ聞いてくれないじゃん。いつもそうだった。怒ったって笑いに持ってかれる、行動で訴えたって気づいてくれない。
深い意味はなかったかもしれない。でも余計言えなくなった。言っちゃ俺らしくないんでしょ?
太我を置いて歩き出した。ただただ虚しかった。
頭が急速に冷めていく。久しぶりに冷静になれた気がした。言わなくて良かった、やっぱり一人でなんとかしよう、そう思ったとき不意に肩を掴まれた。
達也くんと同じ真っ直ぐな目だった。動揺している俺を置いて太我は自分の家の方へ歩いていった。
頭がグラグラした。二人とも俺が心配なんだ……
無意識に、足が達也くんちの方を向いた。
やめろよ
助けてくれるわけないよ
頭の中で誰かがそう言った。
頼ったって無視されて傷つくだけだ
足が止まった。そうだよ、散々達也くんを無視したのに。いまさら頼ったって助けてなんかくれないよ。
達也くんの言葉を思い出す。達也くんは、辛かったら言えって言ってくれた。
それだってお前は無視しただろ
そうだけど、でも……
いつのまにか達也くんちの前に立っていた。
達也くんはリーダーで社長だもん。こういうことがあったら、社長に言うのは社員として当たり前だよ、そうでしょ。バンドに被害がいく前に報告する義務があるんだ。別に頼ってるわけじゃない。これは違う。
言い訳しながらインターホンを押す。
達也くんはすぐ出てきて、家に入れてくれた。
達也くんはしばらく無言になった。
途端に頭の中の声が大きくなった。
だから言ったのに
頼ったって意味ないよ
目を瞑る。違う、別に最初から頼ってたわけじゃない。だから傷つくことなんてない。
達也くんの声が響いた。うるさかった誰かの声が掻き消えた。
なんでありがとうなんだろう。意味がわからない。迷惑なだけだと思う。最近の達也くんは意味わかんないことばっかりだ。
何も言わない俺に、達也くんが戸惑いの声をあげた。でも俺は何も言えなかった。声が引っかかって喋れなかった。なんでか目頭が熱くなった。
大丈夫と言おうとしたのに、微かに空気が漏れただけだった。
その場にしゃがみ込んだ。動けなかった。勝手に涙が出てきた。達也くんは驚いて、それから何も言わないでぎゅっとしてきた。
頑張ってやっとそれだけ言えた。でも達也くんは離してくれない。
あんなに言いたかった「助けて」はもう言えなかった。達也くんの温かさが急に怖くなって、必死に拒んだ。それでも達也くんは俺を離さなかった。涙が止まらなかった。
達也くんは、俺が泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれていた。