俺は相変わらずハルの家に行って、「好き」と言うだけの行為を繰り返していた。太我と取り決めた約束のこともあるし、そうじゃなくたってこの気持ちは伝わってほしい。あのときは状況が状況だったから仕方なく「もう好きって言わない」なんて言っただけで、もちろん本気ではなかった。
ハルの目が暗くなる。もう何回見ただろう。慣れてきてしまっているのが少し悲しいけど。
俺らがすぐ元気にしてやるからな。
ハルの頬を両手で包む。ハルの目は俺のずっと後ろを見ているみたいだった。自分が透けてるような、変な感じだ。ハルの額に自分の額を合わせる。ハルは抵抗しない。このままおでこから直接気持ちが伝わればいいのに。
ハルは動かない。何も言わない。電気のスイッチが切れたみたいだ。パチンと、いきなり目の輝きを失って、ぼんやりする。もしかしてこの状態のハルには、俺の声なんて聞こえてないんじゃないかと怖くなった。
額を離して表情を確認する。瞬き一つしない。前も思ったけど、感情の起伏がなくてまるで人形だ。俺がやっていることは全く意味のないことなんじゃないか、どうしたって無駄なんじゃないか、そんな不安が頭を過ぎる。黙ってハルを見つめ続けていたら、突然パチンと電気を点けたみたいに目に光が灯った。
ハルに背中を押され、家から追い出された。あの切り替わりようが怖かった。
今までのハルを思い返す。
ハルは一定以上のストレスを感じると、途端に感情を失くす。電気を点けたり消したりするような一瞬で起こる変化。
もしかしてあの瞬間のハルには、本当に感情なんかないんじゃないか。
ハルの中の電気を消すみたいに、自分を守るみたいに、俺たちの好意に反応してハルの深層心理が無意識に眠りに入る。感情が眠っている間、ハルは空っぽ。
そんなわけあるかと思う。だけどそうとしか思えない自分もいる。何より、あの状態のハルに対して、眠っているという比喩は妥当に思えた。そうだとしたら俺たちは、まずハルをずっと起きている状態にしなくちゃいけない。寝ている人間になんて言ったって聞こえるわけがないのだから。
ハルが変わってしまったのが悲しかった。今までそれに気がつけなかった自分に腹が立った。きっとハルは、本当は誰よりも愛されることを望んでいた。だから何かの拍子に傷ついて、閉じこもった。
もっと早く好きって伝えてたら何かが変わったんだろうか。
そんなこと考えたって、もう全部いまさらだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!