動画撮影の休憩中、ふと太我が立ち上がった。
部屋を出ていく背中を見送り、なんとなく隣に座っているハルを見た。無言でスマホをいじっているハルの目が澱んでいることに気づいて、慌ててスマホを取り上げた。
画面に映っていたのは全く知らない奴のツイートだった。予想通りというかなんというか、やはりツイートの内容は俺らにとってあまりよくないもので、ため息をついた。
真っ暗な目のままなげやりに笑う。
ハルがふっと笑った。俺はびっくりしてスマホを取り落としそうになった。「ちょっと」と抗議の声が上がる。
ハルにスマホを返しながらその目を見る。さっきまで濁っていた目は、もう元に戻っていた。好意を否定されないのは久しぶりだった。無意識にハルの頭に手が伸びた。
そこに太我が帰ってきた。照れ笑いを浮かべるハルと、ハルの頭を撫でる俺を見て、口をぽかんと開けている。
好きと言われてもなおクスクス笑っているハルを見て、太我もはっとしてハルの頭に手を置いた。
犬みたいにぶるぶる頭を振って俺たちの手を振り払う。
俺と太我は顔を見合わせた。好意を伝えてもなおハルが笑っているのが嬉しかった。例え否定しないだけで、俺たちの言葉を信じてはいなかったとしても、それでも報われた気持ちになった。
ハルは何も言わなかったが、それでも良かった。ハルとちゃんと目が合っていて、俺の言葉を聞いてくれているなら、返事なんかいらない。
ハルの手を握った。困ったような顔で見返されたが、それでも離さなかった。ハルがどこにも行かないように、キツく握りしめた。
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ハルが俺たちの好意を受け入れた。
いや、まだ受け入れたわけではないのかもしれない。それでも、ハルのあの笑顔は、俺たちに希望を与えた。
ハルが帰ったあと、太我が嬉しそうに言った。俺も嬉しかったし、太我の気持ちもよくわかった。ハルはいつもニコニコしているのに、動画の中でだってラジオ収録のときだってあんなに笑っているのに、ハルの本物の笑顔は久々な気がしてしまうのだ。別に普段のハルが無理して笑っているとか、そういうふうに感じるわけではない。ただなぜか、久しぶりだと思ってしまった。
この調子なら、ハルは自分の気持ちをもっと打ち明けてくれるかもしれない。そしたら今よりもちゃんとあいつと向き合える。
二人して神妙な面持ちになってしまう。
こうなる前から、ハルはあまり自分の悩みを話さないタイプだった。というか、悩んでいるという素振りを見せなかった。それに怒らない。いつも笑みを浮かべていた。俺たちの中でいつしか、矢野晴人とはそういう人間だというイメージが定着してしまっていた。仲間として、もっとちゃんと気にかけてやらなきゃいけなかった。
太我の言葉にうなずいた。一体何回「もっと早く告白すればよかった」って後悔しただろう。すぐ伝えなきゃダメなんだ。言わなきゃわからない。わからないから、ハルは傷ついたんだ。
正直なんてバカなことで悩んでいるんだと思う。嫌われるかもしれないなんて、俺らがハルを嫌うわけないのに。だけどハルは俺らが思う以上に人からの好意に疎いんだろう。なら俺だって何回でも好きと言う。何回でも抱きしめる。
もう二度と、遅かったって後悔しないように。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。