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2019/02/06

第1話

第一話
 桃木美琴は、幼い頃から魔法少女というものに憧れをいだいていた。

 強い心で悪を倒し、困っている人々のちからになる姿が、どうしようもなく輝いて見えたのである。
 自分もいつか、魔法少女のような凛々しい存在になりたい。平凡な己を自覚すればするほどに、魔法少女に対する憧れは大きくなっていったものだった。

 しかし、そんな美琴も、今年でもう高校一年生である。
 魔法少女への憧れが許される年齢ではなくなってしまったし、そんな話を友人や家族に出来る年齢でもなくなってしまった。

 中学二年生を過ぎたあたりから、美琴は誕生日を迎えるたびに切ない気持ちになる。
 大人に近付くということは、現実を見据えなければならないということだ。そしてそれは、時として幼い夢を捨てることにも繋がる。きらきらとした夢を、きらきらさせながら持ち続けることが難しくなるのだ。

 現実を知るたびに、夢の幼稚さに気が付く。夢の幼稚さに気が付くたびに、自分自身の幼さにも気が付いてしまう。
 つまるところ、美琴にとって歳を重ねるというのは、そういうことなのだった。

 勉強に、友人関係。学校生活、そして将来のこと――。
 そんな様々なものに忙殺されていくうちに、幼い時分に感じた鮮烈な感動も、忘れていってしまうのか。
 それを考えると、美琴はどうしたって切なくなってしまうのだった。

 塾の帰り、夜道を歩きながら美琴はそんなことを思案して、ため息を漏らす。
 空では薄い雲が星を隠して、月をも朧にしていた。
 大通りから外れた道は静かで、野良猫の鳴き声が不気味なまでにはっきりと耳に届く。
美琴
美琴
やだなぁ、すっかり遅くなっちゃったよ。やっぱお母さんに連絡して、迎えにきてもらったほうがよかったのかな……
 街灯の明かりはあるものの、それは静寂から生まれる不安までぬぐってはくれなかった。
 遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。なにか事件でもあったのかどうなのか、詳細はわからないけれども、その音に不安を煽られた美琴は足を速めて、一刻も早く自宅に帰りたいと思ったのだった。

 しかし、角をひとつ曲がった瞬間、前方に奇妙なものが見えた気がして、足を止める。
 夜の闇の先にあるものを美琴は凝視して、己の目を疑った。

 地面から――コンクリートのそこから、影の塊が湧き出しているのである。
 黒い煙にも似た影は徐々に輪郭を整えて、人間に近い姿となった。それが、地面から上半身を出している。まるでそこがコンクリートの地面などではなく、水面であるかのように。

 状況を理解することが出来ずに、美琴はその場で動けなくなった。
 そうしている間にも、影は少しずつ体を地面から引き上げていく。

 逃げなくては――と、本能的な恐怖が警鐘を鳴らした。このままここに立っていては、いけない。あの正体不明の影に見つかっては、いけない。
 そう思い、美琴は一歩足を退けたが、運悪く転がっていた小石を踏んでしまったらしく、バランスを崩した。
美琴
美琴
きゃあっ!
 反射的に悲鳴がくちから零れ、尻から地面に倒れる。そんな騒々しい音と声を、影は聞き流してはくれなかった。
 転んだことによって目線がさがった美琴は、近しい目線の高さで影と視線が絡んでしまう。

 体の隅々まで墨をかぶったかのように影は闇の色をしており、その顔には双眼もなければ鼻もくちもなかったけれども、それでも美琴はたしかに相手と目が合ったと強く感じた。

 恐怖に固まった美琴を認めた影から、低い呻き声のようなものが漏れる。それを聞いた瞬間、美琴は血の気が引いて総毛立った。心の底からの本能的な恐怖を、生まれて初めて知った心地さえした。

 恐怖によって完全に思考が停止してしまった美琴に情けをかける様子もなく、影は全身を地上に引きずり上げると、そのまま地を蹴って高く跳躍し、美琴目掛けてまっすぐに降りてくる。

 迫る影の姿を捉えながらも、美琴は動くことはおろか声をあげることさえ叶わなかった。ただ、近付く危険を凝視することしか出来ない。
 獣じみた動きで接近する相手を見ながら、漠然と死を予感する。けれども、その予感もまるで他人事のようで、美琴の声帯を震わせるには至らなかった。

 その瞬間、突如として銃声のごとき音が響き、同時に影の怪物が美琴の眼前で倒れる。
 次いで、突然の変化に戸惑う美琴と怪物のあいだに、新たな人影が舞い降りた。
 最初、美琴はまたも怪物が現れたのかと警戒したものだったが、人影を見上げて、それが杞憂であったのをすぐにさとる。

 美琴の前に新たに降り立った人影は、倒れた怪物とは異なり、全身が闇の色に染まっているわけではなかった。相手はたしかに美琴と同じ人間であり、それどころか、美琴の知っている人物だったのである。

 相手の正体を知って、美琴は息を呑んだ。
 影の怪物から美琴を救ってくれたのは――ひとつ年上の先輩であり、美琴の憧れの対象でもある清水朝弥だった。