朝弥は微笑んだ。
ふたりのやり取りを愚弄するかのように、ドゥンケル達が声をあげる。それは、品のない笑い声にも聞こえた。
相変わらず乱れた呼吸の朝弥が、美琴の背中にもたれかかる。と、彼はそのまま、ちからなく倒れ込んでしまった。美琴は狼狽する。
膝を折り、美琴は朝弥を抱きかかえた。苦痛によるものか、彼が汗に濡れているのがよくわかる。
自分を庇って怪我をした朝弥に対し、美琴の罪悪感は大きくなるばかりだった。ただでさえ負傷しているというのに、その上、彼は美琴を逃がそうと自身を囮にしようとしたのである。
けれども、ふたりを取り囲む妖魔達は、当然のことながら朝弥の怪我に頓着などしなかった。
このまま敵に襲われれば、美琴も朝弥も命を落とすことになるのかもしれない。
美琴は、唇を噛んだ。そんな未来など、想像したくもなかった。
自分が倒れるのは、かまわない。しかし、朝弥だけはなんとしても守りたかった。
けれども、美琴にはこの局面を切り抜けるだけの能力がない。
悔しさに、こぶしが震える。己の無力さが、言葉では言い表せられないほどに悔しかった。
自分に、敵を倒せるちからがあれば――と、思わずにはいられない。
幼い頃から憧れていた、あの魔法少女の女の子達のように、強い心とちからで敵を倒し、そうして大切なひとを守ることが出来たなら――。
そのとき、朝弥から受け取っていた武器の銃が、ほのかに光を帯び始めた。弱々しい光は徐々に鮮烈なものとなり、同時に、美琴の心の内からも力強いなにかが芽生えてくる。
美琴の拳銃の光に、ドゥンケル達が戸惑ったのがわかった。ある者は困惑の声を漏らし、またある者は自身に降り注ぐ光を遮ろうと腕をかかげる。
美琴の前方には、五体の怪物がいた。その五体が、美琴と朝弥の行く手を塞いでいるのである。
警戒か、はたまた怯えによる強がりか、その五体は猛々しい声を発したかと思うと、真っ直ぐに美琴へと襲い掛かってきた。
美琴は、手中の銃を前方にかまえる。不思議と、行動に迷いはしなかった。まるで、やるべきことを体が知っていたかのようだ。
学校で見かける朝弥の姿を思い出す。朝弥は学校でも皆に優しい、同級生のみならず先輩や後輩からも慕われる存在だった。そんな彼の性質に、美琴も惹かれたのである。
朝弥を守りたいという思いが、美琴から弱い感情を払い落す。体の隅々にまで、熱いなにかが行き渡るのがわかった。
故に、引き金を引くのに躊躇はなかった。
トリガーを引いた瞬間、銃口からすさまじい光が放たれ、周囲が真昼のように明るくなる。
光を中心にして風が巻き起こり、辺りの草木や美琴の髪、衣服を激しく揺らした。
放出された光の直撃を受けた五体のドゥンケルが、まるで蒸発したように消滅する。それは、一瞬の出来事であった。
光が弱まり、それがじきに消えると、混乱していた残りの怪物達がおびえるように逃げていく。
わめきながら去っていく敵がすっかりいなくなれば、周囲は夜の街の静けさを取り戻した。先程までの危機的状況が嘘のような静寂だった。
急激に疲労を覚えた美琴は、荒い呼吸を繰り返す。
ふたりの会話を、唐突に聞き覚えのある声音が遮った。
見ると、いったいいつからいたのか、側の塀の上に鬼ヶ崎の姿がある。
彼は塀から飛び降り、美琴と朝弥の前に立った。
そこで一度言葉を切り、鬼ヶ崎は美琴に顔を向ける。
心底不思議そうな調子で、彼は述べた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。