彼は丈の長い黒のコートを身にまとい、手には銃のようなものを握っている。美琴がそれに驚いている間に、倒れた影の怪物は体を空中に溶かして消えていった。
その光景を視認し、助かったのかと思う反面、美琴は未だに混乱から抜け出せてはいない上に、そのせいで声すら出せない状況にある。
消えていく怪物を見ていた朝弥が、ゆっくりと美琴に振り返った。
彼と目が合った、その瞬間。出し抜けに、背後から場に似つかわしくない賑やかな声が響いてくる。
口調に反して、聞こえた声音は太く、低かった。
驚いた美琴が首を後ろにひねると、向こう側から走ってくるのは紫色のチャイナドレスを着た女性である。
いや――と、美琴はその考えをすぐに改めた。何故ならば、近付いてくる相手が女性ではなく、長身の男性である事実に感付いたからだ。
金色の長い髪はゆるく巻かれており、衣装とそれだけを見ればたしかに女性のようなのだが、よく見るとチャイナドレスの袖やスリットから覗く手足はたくましく、明らかに男性のそれである。
どう考えても、静かな夜道で出会う存在ではなかった。
見慣れない対象の接近に、美琴はいっそう混乱を強める。
しかし、朝弥はとくに取り乱した様子もなく、それどころか平然とチャイナドレスの怪人に言葉を返した。
虹子と呼ばれた男性――女性の装いをした男性は、美琴を見やって目をしばたたく。
彼は美琴に向けて、長いまつげでウィンクをした。美琴の頭はますます働かなくなる。
美琴は反射的に頷いてしまいそうになったのをなんとか耐えて、朝弥と虹子を交互に見やった。
学校の先輩と、チャイナドレスの男性。なにをどう考えても、自然な組み合わせとは思えない。美琴は頭痛がした。
なんとかこれだけをくちにすると、虹子が目を丸くして朝弥に視線を向けた。
茶化すふうに、虹子が朝弥を肘で小突く。
美琴は、最初に影の怪物が現れた地面に目線を移した。そこは、今ではなんの変哲もないコンクリートの道路に見える。
次いで、美琴は朝弥の手に握られている拳銃に視線を注ぐ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!