分かってはいた。
あなたが忙しい暮らしをしている事も、
山に入ってはいけない事も、
鬼が居るという事も、
今は走って麓を目指さなければいけないという事も。
でも、無理だ…。
鬼があんなに恐ろしいとも、
あなたはあんなのを相手に刀を振っているとも、
思わなかった。
また出会すのではないかと思うと、足が…足が…すくんで動けなくなった。
『大丈夫です。』
あなたの言葉が繰り返される。
大丈夫だ、絶対、大丈夫だ。
あなたは鬼殺隊士だから強いんだ。
ずっと山も甘味処も町も守ってる。
大丈夫。
死ぬわけがない。
でも、本当に?
猪人間は俺が木の幹に背をつけ、座り込んでいる姿を見た。
『ザァァ…』
降り続く雨に止まる気配は無い。
『ポタッポタッ…』
毛の先から雫が落ちていく。
黙ったまま俺を見下ろす猪人間が暫くして口を開く。
猪人間が俺の胸ぐらを掴み、強く揺らす。
分かっていた、何処かでは。
隠れていても、あなたが迎えに来てくれる確信など無い、と。
そう応えると、猪人間は「ふははは」と笑いながら腰の2本の刀を抜いた。
そして今にも走り去ってしまいそうなのを止めた。
そう言って山の上へと走り去っていった猪人間の背中を見て、
俺も麓へと走り出した。
どうか、あなたが生きて帰って来ますように、
と、願いながら。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。