第30話

太一side
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2019/08/31 12:51
分かってはいた。


あなたが忙しい暮らしをしている事も、

山に入ってはいけない事も、

鬼が居るという事も、


今は走って麓を目指さなければいけないという事も。


でも、無理だ…。

鬼があんなに恐ろしいとも、

あなたはあんなのを相手に刀を振っているとも、

思わなかった。

また出会すのではないかと思うと、足が…足が…すくんで動けなくなった。
太一
おおお俺は無理だ…無理…ここでじっとしておこう、大丈夫、あなたが必ず向かいに来てくれる。大丈夫…
『大丈夫です。』

あなたの言葉が繰り返される。

大丈夫だ、絶対、大丈夫だ。

あなたは鬼殺隊士だから強いんだ。

ずっと山も甘味処も町も守ってる。

大丈夫。



死ぬわけがない。







でも、本当に?
太一
大丈夫。大丈夫だって、あなたが来るまで大人しく待っておこ
おい、お前!町のガキだな!
太一
た、助かった!さっき下にいたあなたの仲間だよな?!
猪人間は俺が木の幹に背をつけ、座り込んでいる姿を見た。
嘴平 伊之助
お前、こんな所で座り込んで何してんだ?
太一
あなたを、待ってたんだ。一緒に山を下りようと思って、ここで待ってたんだ。
嘴平 伊之助
はぁ?アイツは?
太一
俺に麓まで走れって言って、鬼と戦ってる。
嘴平 伊之助
お前、何で下りねぇんだ?
太一
…1人じゃ怖くて下りられないから。でも、あなたが大丈夫だって言ったから、待ってようと思って
嘴平 伊之助
誰がアイツが死なねぇって言ったんだよ。
太一
は?何言ってんだ、お前!あなたは鬼狩り様だから強いんだぞ!
嘴平 伊之助
うるせぇ!誰がアイツは強いから死なねぇっつったんだよ!
『ザァァ…』

降り続く雨に止まる気配は無い。

『ポタッポタッ…』

毛の先から雫が落ちていく。

黙ったまま俺を見下ろす猪人間が暫くして口を開く。
嘴平 伊之助
…テメェ、アイツが何でお前だけを走らせたか分かるか、?
太一
は?
嘴平 伊之助
余裕が無ぇからだ!
太一
…っ、
猪人間が俺の胸ぐらを掴み、強く揺らす。
嘴平 伊之助
その場で勝てる自信が無ぇから、お前だけを走らせて逃がそうとしてんだ!テメェ、何してんだ!分かったんならさっさと走れ!呆け!
太一
う、嘘だ…だって、あなたは
嘴平 伊之助
勝てんならその場で斬ってんだろーが!
太一
っ。
嘴平 伊之助
命張って逃がして貰ってんだろ!大体、好きな女を山ん中に残して、逃げる奴がどこにいんだ、弱味噌が!
太一
何で…それを…
嘴平 伊之助
あぁ?んな事、バレバレなんだよ。


分かっていた、何処かでは。

隠れていても、あなたが迎えに来てくれる確信など無い、と。
嘴平 伊之助
鬼は?!上か?!
太一
う、ん。
そう応えると、猪人間は「ふははは」と笑いながら腰の2本の刀を抜いた。
そして今にも走り去ってしまいそうなのを止めた。
太一
なぁ!
嘴平 伊之助
あぁ?
太一
俺は…お前の言う通りあなたが好きだ。お前はあなたの何なんだ?
嘴平 伊之助
アイツなんか知らねーよ!早くさっさと走れ、男だろうが!…よっしゃぁっ、猪突猛進、猪突猛進!
そう言って山の上へと走り去っていった猪人間の背中を見て、
俺も麓へと走り出した。



どうか、あなたが生きて帰って来ますように、


と、願いながら。

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