第181話

その手を私は知っている
6,916
2021/02/08 17:00

男は私の乱れた髪を指に雑に絡ませ、グンッと後ろへと引っ張られ、

仰け反るように上半身を無理矢理起こされる。


薄らと開けた私の視界には、サングラスのレンズ越しからでも分かる程、

目尻を釣り上げている男の姿があった。
あなた

っ…


大きく振り上げられる、部下の男の拳。

弱い月光が握られた拳の指の付け根に連なる太い指輪状の物を静かに光らせた。



次に殴られたら、

きっと私の意識は飛ぶ。


この身体はもうどんな痛みにも耐えられそうにない。


今意識を飛ばせば、

もう二度と刀を握ることも、

あの羽織に手を通すことも、

鬼を狩ることも、


ましてや蝶屋敷に戻ることもないだろう。




目を覚ました時には日比谷家の屋敷の天井の下で、

用意された、それ等とは無縁の生活を送ることになる。



そう思うと、目尻にじわりと涙が滲んだ。



目一杯、腕の引きを取った男は何度か私の頭上で拳を握り直すと、

グンッと私の横顔又は顬辺りに狙いを定めた。
あなた

っ、


歯を食いしばり、最後まで睨みつけてやろうと私は目を閉じなかった。

しかし、下瞼が細かく震える。

殴られることの恐怖は如何しても隠せそうにない。



部下
大人しく寝てろ。

さようなら、義勇さん。


だけど、

───────お願い。



私を………どうか、
あなた

た…けて、

部下
あなた

義勇…




『______パシッ』



部下
?!


振り上げた拳が男の頭上でぴたりと止まった。



私を見下ろす男の眼は微動だにせず、何が起こったのか分からないようであった。

が、はと気づいたのか、すぐさま男は後方へと視線を向けた。



仰け反る私には部下の男の目に何が映ったのかは知らないが、

男の太い手首を後ろから伸びた白い手がしっかり掴んでいるのが僅かだが見えた。





(あぁ、この手は ───── )



あなた

義、ゅう…の、手…



義勇さんの手。
私が良く知っている、義勇さんの手。


刀を握る手も、私の頬に優しく添えた手も、

彼の手をずっと近場で見てきた。


(来て、…くれ、…ので、すね…)



雪を纏っているかのような美しさを感じさせる白い腕。

羽織と隊服の袖から伸びる、太くて逞しい筋。

私の手よりも大きい掌、長い指。



私の鼻はもう効かないけれど。


後ろから男の腕を掴んだ彼の手は、

風柱様との一戦の際に止めに入ってくれた時の姿とよく似ていた。間違える筈がない。


悪いが俺の連れだ。その手を離せ。

プリ小説オーディオドラマ