『カサッ……カサッ……カサッ……』
私の草木を踏む音が林中に響く。
『…カサッ……カサッ……』
足は引き付けられる様にゆっくりと廃れた祠へと進んでいく。
ぼんやりとした意識下、霧がかかっているかの様な視界。
重力に従い、体重を支えるだけの二本の棒のような足。
ぶらんぶらんと歩く度に揺れる、脱力した両腕。
誰かを呼ぶ声も出せなければ、自由に瞬きも出来ない。
想像以上に身体の動きは鈍く、頭中では何も考えられない状態だ。
私は今、
自らが招いた鬼の呪い、血鬼術に…
かかってしまっている。
『カサッ…』
導かれるままに動かしていた足を止めた私の真正面には、足をぷらぷらと交互に動かしている鬼が祠の屋根の上に座っていた。
瞳の無い真っ赤な目を2つ付け、外ハネが目立つ長い髪。
声は背丈と同様、幼い男の子のものだった。
ただ、
目の前の子どもが人間の子どもではなく、正真正銘の鬼だという事は、
黴臭さが混じった後味の悪い甘い匂いが自然と嗅覚を刺激する度に感じていた。
両腕を私に向け大きく広げる。
『カサッ………カサッ………』
一歩、また一歩と鬼の前へと歩く私を見て、満足気な笑みを浮かべた鬼は「そうだ、それで良いんだよ。」と言う。
鬼は両掌で私の頬を包んでしまうと、私の視界全てを鬼の顔で埋めさせた。
黙って頷いた私を見ると、
鬼はヒビの入った目下にぷくりとした涙袋を作り、不敵な笑みを零す。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!