しかし、この山には日向が無いに等しい。
更には雨雲で山全体が雲の影に覆われている様なものだ。
匂いを辿り、予測して、刀を振るしかない。
(まずは…後方右!)
私はしゃがんだ瞬間、低い姿勢のまま軸足に軽く力をいれ、回転した速さに刀を乗せて振る。
『シュンッ』
風を切る音と同時に、後方右からの鬼の匂いが消えた。
すると、いきなり地中から匂いが分散した。
(うーん、やはり血気術を使う鬼…厄介です…)
その甘い匂いが私の周りに漂っている。
私をどうやら分裂し、増えた鬼が私を囲っているらしい。
どう足掻いても逃れる事は出来なさそうだ。
ふと空を見上げると、雨雲の隙間から月が少し顔を出そうとしていた。
私はすぐさま刀の先を地に向ける。
月の光が少しずつ刀に当たるにつれ、当たった刃の先からどんどん透けていく。
雨雲の隙間から一瞬だけ月の顔全てが見えた瞬間、私は地に透明と化した刃を突き刺す。
『ドンッ』
地面から大きな振動と共に音が鳴り響き、分裂していた鬼が一気に地上に現れる
割れた地面の上にごろごろと転がる鬼の分身の影に、一体だけ口元の血を拭う鬼を見つけた。
(あの鬼が本体ですね、!)
私はその鬼一直線に蹴り出すと、透明の刃で切り落とそうと、鬼の首へと目掛けた。
今にも切り落とせそうな距離だ。
刃が首へと進んでいく。
が、一瞬でそれは難しくなる。
(刃が…時間切れですっ…)
鬼が横へと勢いよく振る長い爪に危機一髪で、後ろに1歩戻り、もう一本の腕の爪が振り下ろされるのをしゃがんで避ける。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!