第70話

たとえ前線に立っていなくても、
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2019/09/29 06:30
あなた

私が目を覚ました直後からずっと周りの方の話や視線がどうしても気になってしまって、

神崎 アオイ
あなた

少し気が張っていたみたいなんです。

私は少し冷ました鍋に道明寺粉と呼ばれる粉を投入し、ゆっくり混ぜた。

混ぜながら、あの時の事を思い出す。

ぴんと張ったままの、余裕が無い心の糸。
周囲から向けられる視線や話だけで、指で弾かれた様に震える。

本当に千切れてしまいそうだった。
あなた

アオイさんが手を引いて下さった時、つい祖母も同じ事をしてくれたのを思い出して、凄く心が暖かくなって…

神崎 アオイ
あなた

私がこうして元気なのは、アオイさんが黙って手を引いて、私に『気にしなくていい』と言って下さったお陰です。

神崎 アオイ
あなた

ありがとうございました、本当に感謝してます。

神崎 アオイ
そ、そんな事…礼なんていいですよ、あなたさんと比べたら私なんて唯の腰抜けですから。
あなた

え?

神崎 アオイ
私は選別でも運良く生き残っただけで、その後は恐くて戦いに行けなかったんです。


(あ…)


放置した鍋の中身を再度混ぜ合わせるアオイさんから、私は目が離せなくなった。


(前に訳あって前線に出れないって言ってたのは、この事だったんだ…)


私は混ぜ追えた鍋にもう一度火をつけ、少しだけ熱を加える。
あなた

私はアオイさんが腰抜けだなんて思いません。だって、普通に考えれば『鬼』という生き物は恐いものですから。

神崎 アオイ
あなた

『鬼』は誰の目にだって恐ろしく映るはずです。でも、アオイさんは逃げずに、こうして鬼殺隊の力となっています。

私の顔をじっと見つめるアオイさんを横目に入れながら、再び放置した鍋の傍らで桜葉の硬い部分を切った。
あなた

戦い方は違えど、充分にアオイさんは鬼さんと戦っていますよ。

黙って私を見るアオイさんに、私はふと手を止めて、「そうでしょう?」と聞いてみた。

アオイさんは何も言わずにそっぽを向いた。
神崎 アオイ
…貴方と同じ様な事を言ってくれた人がいます。
あなた

え、

神崎 アオイ
やはり人の周りには似たような方集まるものなんですね。
あなた

それは一体…誰なので

神崎 アオイ
教えません。
あなた

! な、何故ですか?!

神崎 アオイ
今度お教えします。
あなた

そ、そんなぁ…き、気になりますっ。

神崎 アオイ
どうしましょうか…、
アオイさんは少し上を向き、考える素振りをする。
が、直ぐにちょっとばかり意地悪そうな顔して、私に笑いかけた。
神崎 アオイ
やっぱり今は

『キュンッ』

アオイさんの初めて見る表情に、私の胸は少し高鳴った。
あなた

…っ。



(か、可愛いです…)

神崎 アオイ
教えません。

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