私は少し冷ました鍋に道明寺粉と呼ばれる粉を投入し、ゆっくり混ぜた。
混ぜながら、あの時の事を思い出す。
ぴんと張ったままの、余裕が無い心の糸。
周囲から向けられる視線や話だけで、指で弾かれた様に震える。
本当に千切れてしまいそうだった。
(あ…)
放置した鍋の中身を再度混ぜ合わせるアオイさんから、私は目が離せなくなった。
(前に訳あって前線に出れないって言ってたのは、この事だったんだ…)
私は混ぜ追えた鍋にもう一度火をつけ、少しだけ熱を加える。
私の顔をじっと見つめるアオイさんを横目に入れながら、再び放置した鍋の傍らで桜葉の硬い部分を切った。
黙って私を見るアオイさんに、私はふと手を止めて、「そうでしょう?」と聞いてみた。
アオイさんは何も言わずにそっぽを向いた。
アオイさんは少し上を向き、考える素振りをする。
が、直ぐにちょっとばかり意地悪そうな顔して、私に笑いかけた。
『キュンッ』
アオイさんの初めて見る表情に、私の胸は少し高鳴った。
(か、可愛いです…)
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!