分かっている。
番台のおば様が、町の皆さんが、
「この町から出て行け」と言っているのでは無いことぐらい。
それにここに来る鬼も今はもう無に等しい。
私が狩りに狩っていたからだけではなく、町の入口へと続く道に鬼避けになる様に工夫をした。
麓近い山道の木々を切ってしまう事で目視で異変が分かるようにした。
夜も山には入らないように定めた。
破った人間は、それを知らなかった旅人ぐらいだ。
つまり鬼が来ない今、ここでは情報を得られない。
けど、また鬼が来るのではないか、と思ってしまうのだ。
この町は数十年前に鬼に襲われ、住民の殆どが食われた。
私が居なくなれば、また鬼がこの町を襲うのではないか、と思ってしまうのだ。
(ああ、分かっています。分かっていますから言わないで下さい。番台のおば様、そんな事分かっているのです。でも、決めたのです。)
あの山から、あの甘味処から、この土地からは離れない、と。
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私は何も言えずに外に出た。
ぼんやりと地面を眺めていると、下半身にドンッと何かがぶつかった。
見ると、先程子ども達の輪にいた7歳の虎次郎さんが私にひしっと抱きついている。
私が虎次郎さんの頭を撫でる。
前を見ると、子供たちの輪の中に炭治郎さん達も混じっている。
ただ楽しげではない。
不安そうで、何か雲行きが怪しいような、そんな感じがする。
それから周りの大人の目も落ち着きがないようだ。
(何かあったのでは…?!)
私はしゃがむと、虎次郎さんの両手を握り、目線を合わせ、刺激しすぎないようにゆっくり話す。
虎次郎「あなたねぇちゃん、助けて!お願い!」
ぼろぼろと大粒の涙を流す虎次郎に、私の心も忙しなくなった。
虎次郎「太一が、あなたねぇちゃんのお店っ、にっ、行くっ、っで、」
(まさか…)
虎次郎「山に…!」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!